自殺

578: 1/3 2012/12/02(日) 16:01:15.83 ID:0gY5Sc6L0
高校時代のことです。 
自分は普段から、ノートを取らなかったり提出物を出さなかったりで、
一部の教師から嫌われていました。 

受験も近づき、これではまずいと一念発起。その前の期末では
平均点に届くかどうかの成績でしたが、
実力考査で一気に学年4位にまで成績を伸ばしました。

各科目の教師から「やっと本気になってくれたな」とか
褒められて次からも頑張ろうと思った矢先地理の教師(仮にT)が答案を渡した後、
私を指導室に呼び出しました。
カンニングしただろうと言われたわけです。 

Tは日頃から私の事を毛嫌いしていましたが、
指導室ではしつこく私を責め立てて、そしてたくさんなぐりました。 
体罰とかそういうのが問題になる前だったからかも知れませんが…




117: 名無しさん@おーぷん 2016/01/18(月)21:38:49 ID:irv
吐き出したくて来ました。
いい年をしたおばさんの愚痴や後悔混じりの話しになりますがお付き合いください。
弟が自さつした話なので不快な方は読み飛ばしてください。

私はいわゆる毒親の元に生まれた。
両親は典型的な田舎の長男教で、長男以外はいる価値がない。
むしろ、家計のためにはいないほうがいいという考えの持ち主で、男ならまだしも女は猫といっしょでガキを作るしか能がないと常々言い続けていた。
そんな親は三つ下の弟を異様に溺愛したが私のことは徹底的にイビリ続けていた。

召使いのような扱いを受け、毎朝5時に起きて廊下の雑巾がけをしなければ箒や棒のようなもので打たれた。

食事すらロクに与えてもらえず、両親は自分たちが食べ残した物を私に投げてよこした。空腹に耐えきれず、投げつけられて落ちた物を拾って食べる私を「卑しい」と罵り、蹴られることも珍しくはなかった。

今でこそ開けてきてコンビニや大型スーパーもできたし電車が開通したことで拓けたけれど、私が子供の頃は何もなかった。もしあったら私は万引きしてでも食べたと思う。

子供だった私は飢えに耐えかねて近所の畑を荒し、土がついたままの大根や葉っぱを齧っては見つかって怒られた。

若い人にはピンとこないだろうけど、地元は男優先の男尊女卑が今も根付いている地域で、女だっていうだけで無意味に貶める風潮が少なからずあった。全員が全員そうだったわけじゃないんだろうけど、閉鎖的な環境で暮らしていたその頃の私は、周囲に助けを求めてもムダだと学んでいた。

毒親に溺愛された子というと、毒に染まったどうしようもない人種だと思われがちだが弟は違った。

両親に食事すら与えてもらえない姉に、弟はよく自分のお菓子を分けてくれた。
見ているところで分けると「弟のものを盗り上げた」と余計にひどい暴力に晒されるので、親が寝静まったころにこっそりと食べずにとっておいたお菓子を持ってきてくれた。

幼いなりに自分の家がおかしいとわかっていたのか、ニヤニヤと笑いながら私をいたぶる両親に何度もやめるように言ってくれた。

でもその当時の私には、弟を可愛いとは思えなかった。
両親の愛情を唯一独占している弟が妬ましかった。はっきり言えば僻んでいた。

私は着古してボロボロの服を着て、暖房も扇風機もない三畳足らずの物置で寝起きしていたが、いつもきれいな服を着ていた弟にはエアコンのついた部屋が与えられていた。男に生まれただけで何不自由なく恵まれた待遇にいる弟を、妬まずにいられるほど大人ではなかった。

弟のほうは「姉ちゃん、姉ちゃん」と言って懐いてきたがそれすら煩わしかった。
今にして思えば、弟は随分さみしい思いをしたんだと思う。

両親は弟を溺愛していたが押し付け的なところが多々あった。
弟が姉に懐く姿を見て、「弟に色目を使うような女」と姉に暴力と暴言を浴びせる親だ。まともではない。そんな親の愛情を受けたところで弟は辛いだけだったんじゃないかと。



617: 名無しさん@おーぷん 2014/09/15(月)19:23:38 ID:rcIKhskOv
私が離婚したのは12年前。
元夫が勤めてた会社から一部業務を暖簾分けという形で譲り受け独立した事がきっかけだった。
工場新設とか色々と立ち上げに際して資金繰りにも苦労していて元夫は3年近く殆ど家にも寄り付かない状態だった。
私は二人の娘を親に預けたりしながら前に務めていた会社に復帰して何とか家計をやりくりしていた。
結果的に私はそこの同僚と男女の仲になってしまった。
向こうも妻子もちだったけど既に別居中で離婚のタイミングを模索してる状態だった。
好きになったのは向こうから。
馬が合う人とは思ったけど不倫してまでとは最初は思わなかった。
子供もいるし。
でも何度も好きだって言われれば誰だって悪い気はしない。
自然と元夫よりそういう目でみてくれる今の夫の方に心惹かれるようになっていった。
でもダラダラと不倫生活を送っていくつもりはサラサラなかった。
付き合いだして三ヶ月目でこの先どうするつもりなのか聞いた。
向こうは私が一緒になってくれるなら今すぐにも離婚すると言ってくれたので、じゃこっちもそうしますと、そういう流れ。



116: 名無しさん@HOME 2009/07/01(水) 23:50:47
ちょっとしたdq 
なぜか異常なまでに私をメンヘラ扱いするトメがいます。 
「あなたが精神的に弱いのはすごくわかるの、だから手を貸したい」と 
無断の合鍵作り等々過干渉のテンプレ。 
「私たちは楽しくやってるのでどうかあまりご心配なさらないで」と 
遠まわしに言ってみても無駄、 
「というか正直うっとうしいというのもあります、勘弁してください」 
と直球で言っても「私に心配をかけないようにしているのよね…」と謎の回答。 

一応夫と二人毎日「びっくりするほどユートピア!」のノリで 
非常に楽しく過ごしてるんですが。トメの干渉以外。 

夫も「病的でかわいそうなムチュコタンじゃなきゃ私はイヤなの!」みたいな 
態度で育てられたみたいで昔から辟易していたとのこと。 
そういうわけでトメの願いどおりの嫁になるべく、 
トメがいつものように 
インナーの下にコーナンで買ってきた鉄板と頑張って作ったちのり袋を 
忍ばせて「もう…もうおかあさんに迷惑かけられない!」と 
胸に包丁を突き立ててみました。 
あふれる血のり、倒れる嫁、「おかあさん・・・私ほんとうに嫌だったの… 
ごめんなさい・・・ごめ・・・ん・・・なさ・・・い・・・」 
青ざめるトメ。 
ここで夫、同じくコーナンで買ってきた木材で作った 
「ドッキリ大成功!マジでいい加減にして!」の札を持って登場。 
私、起き上がり「まじでうざかったっす。」 
トメ、ほんとに「ヨヨヨ」って感じで泣きながら去っていきました。 
それからしばらく、過干渉はやんでます。 
酔っぱらいながらのプチでした。 


11: 11 2014/02/08(土) 02:16:55.92 0
東京に出張して会社が借りてるマンションに住んでたある晩残業で遅くなり夜中の0時を少し回った位に帰宅した

眠たい目をこすり玄関を開けようとした時に後ろで「カーン!」と音がして「何かな?」と思い5階に住んでた俺は

確認する為に下を見たら飲み物の空き缶らしきものが見えた、「上から降って来た?」と思ったが5階建ての今いる

場所が一番上なので?と思って上を見たら人影らしきものが見えた。



このページのトップヘ