939: 名無しさん@おーぷん 2017/01/15(日)22:43:54 ID:ukM
新年早々実家の母と兄と大喧嘩して、
このまま疎遠にするしかないかなと思ってる状況。

私の兄はいわゆる起業家なのだが、
最初こそ上手くいってたものの
10年ほど前に何かで躓いて
(詳しいことは聞いていない)

以来、経営状態がよくないことはなんとなく分かってた。
父がしんだときに相続にかなり差を付けられたし。

兄には3人子供がいるんだが、
その頃は本当に苦しくて大変だったらしく
実家はまるごと兄が相続し、
私は現金を少し貰っただけだった。

その代り母のことは最後まで兄の経済力で
世話する条件だったから受け入れたんだけど。

正月に帰省した時、兄が突然
「1000万融通してもらえないか」と言い出した。

金額にもビックリしたが、何を言いだすのかと
思わず兄の顔を二度見したぐらい。
「そんなお金あるわけないでしょう?」
って言ったら夫の相続のことを持ち出された。

一昨年義父が亡くなった時、一人息子の夫が
土地家屋と共に9桁に近い預貯金等を相続した。
(因みに実父と義母は亡くなっている)

実家で相続について話したわけではないが、
義父の勤務先と地位、義母の実家、
義実家のこれまでの暮らしぶり、
それに葬儀の様子などから
それなりに裕福なことは分かってるだろうし、
夫が一人息子なのだから
それを相続したことも分かってる様子。

「そこから少しの間借りるぐらいできるだろう」
と言われた。

もちろん断ったが、少しの間だけだから、
すぐ返せるから、としつこい。





289:名無しさん@おーぷん2015/08/27(木)21:30:08 ID:1kC
顔すらもう覚えてない母がシんだ。
密葬だったとかで、葬儀にも呼ばれなかった。父から聞かされただけ。
母は統合失調症で、幻聴幻覚ですごく皆に迷惑をかけたらしい。

その当時は精神分裂病という病名だったそうだ。

その名のとおり人格が分裂しちゃって、おとなしい時とキチった時の落差がすごく
その迷惑ぶりがいまだに語り草になってて、親戚の集まりに行くと何度も聞かされる。

部屋の隅っこで皿を頭にかぶって両手で耳をふさいでたとか、
兵隊さんが来る〜って叫んでたとか。
そういうわけで母が皆に迷惑をかけたことや、
シんでくれてホっとしたという態度なのはしょうがないと思う。

思うんだが、父が「祝杯だ!」と私の手にビールを押しつけて「バンザイしろ!」と言うのは何かモヤモヤする。
他人同然ではあるけど、私にとっては母なので、さすがにシんでバンザイする気にはなれない。
私がビールを断ったら父は不機嫌になってしまった。
さっきからちょっかいかけてくるが、少しそっとしておいて欲しい。



663 :育児まとめニュース 2016/06/25(土) 14:53:19 ID:G21
さっきあった事を書いてみる

俺はずっと、ニチレイフーズの自動販売機が大嫌いだったんだよね
もちろん機械や出てきた商品に何か問題があった訳じゃない
10年ちょい前、カーチャンが危篤で明日の朝まで持たないって時に兄弟集まって、
その夜中に食ったのが当時珍しかったニチレイの自販機の焼きおにぎりや唐揚げだった
「こんな時でも人間ってお腹空くんだね」
って泣き笑いしながら食ったんだ

それからずっと、高速道路のPAなんかで見かけても「けっ、こんなものいらねぇ」って感じで
逆恨みみたいに避けてきた

で、時は経ち....
今日嫁さんが用事があって外出してたので、6歳の息子連れて車で大きめの自然公園に行ってきたんだよね
現地行ったら売店無し、お昼の用意もしてきてない、ってところで...見つけたのがあのニチレイの自販機

息子が「焼きそば食べたい」って言うんであの時以来久々に買ってみた。もちろん意地で息子の分だけw
「お父さん美味しいよ、一口食べてごらん」って言われて一口食べた
その時思ったんだけど、悲しい思い出をいつまでも引きずるより、良い思い出で上書きするのもありかなぁと

帰り道、カーチャン(息子が逢った事の無い婆ちゃん)が好きだったミニストップのソフトクリームを食べて帰った


341: おさかなくわえた名無しさん 2014/02/27(木) 18:56:58.33 ID:nbNOJs00
10人姉弟の6番目として戦中に生まれた母親は 
3歳で終戦を迎え、
6歳で樺太から日本に引き揚げてきた 

奇跡的に一家全員が無事だったとはいえ
日本での生活は苦しく 
母親は中学こそ何とか卒業したものの
下の弟妹の世話や家の手伝いに追われ 
ほとんど勉強できなかったことに悔いを残していた 

その後美容師の資格を取り、
結婚後も美容師として働いていたが 
俺が中学に入ると俺の教科書を借りて勉強を始めた 

勉強自体がおよそ20年ぶり、
しかも頭の回転も記憶力も10代のようにはいかない 
それでも家事を終えた夜、
一生懸命に教科書をめくりノートを取っていた 

当時の俺は部活一筋で
自主的に机に向かうのはテスト前くらいだったが 
母親のそんな姿を見るうちに
負けてらんねえみたいな謎のライバル心が湧き 
自然と勉強する時間が増えていった



419 :育児まとめニュース 2017/01/26(木) 15:32:01 ID:65Xq1+pD.net
うちは母が離婚したけど、名字を旧姓に戻さなかった。
すると旦那が急に「お母さんは無縁仏になるんだね~。」と言ってきた…。
私が泣いて抗議しても
「だって名字違うから実家の墓には入れないだろ?同じ理由でうちの墓も無理。ほら、無縁仏。」
だって。
母はまだ50代でピンピンしてるので正直お墓のこととか詳しく調べてなくて、泣くことしかできなかった。
私の気持ちを考えずこんなことを言える旦那だったんだ…と気付いたことが衝撃的だった…。


312:名無しさん@おーぷん2014/11/10(月)17:36:20 ID:wrWeubXKj
25〜6歳の頃、本業とは別に子供関係のボランティアをしてた。
女性が9割を占めるボランティア団体だった為俺のような男は貴重がられた。

スポーツとか力仕事は俺や他の男性に任されていたので、

とてもやりがいのある活動だった。
あるときから女子大生のボランティア数人がチラチラこそこそ俺を見てくるようになった。

なんだかそれが不快で、言いたいことあるなら言って欲しいと伝えるが逃げられる。
中学の時に似たような扱いを受けたから、
そういった陰口と思わせる行動にはすごく気になってしまう。

そんなことが1週間続いたので、ボランティア団体のリーダーに
相談しようとしていた矢先、その女子大生数人が帰宅時を狙って駆け寄ってきた。

女子大生A「ずっと好きでした」

俺はまさか告白されるとは思わなくて硬直。
取り巻き女子大生がきゃぴきゃぴ騒ぎ出したところで我に返り

「お、俺結婚してるんだけど・・・」

と言ったら
はぁあああ〜〜?と女子大生一斉に大コーラス。
女子大生Aは泣き出しちゃって、取り巻きに連れられて消えてった。
俺は結婚したばかりの新婚。付き合ったことあるのは嫁のみ。
中学で虐められ高校ではぼっちだった非リアの俺を選んでくれた嫁が大好きなんだ。
だから女子大生の告白は嬉しくもなんともなかった。



889 :育児まとめニュース 2016/09/24(土) 18:22:36 ID:???
息子がベタベタ甘えて構っているのを見ると
「将来高畑裕太みたいなる!」とうるさい実母
思春期以上だったらおかしいだろうけど息子まだ9ヶ月ですが
性.的な触れ合い(おえ…)じゃなくギュー!って言ってハグしたり
π触ってくるのを放置しているだけなんだけどそれでも男児相手だとアウトなの?
気にすることないと思いつつもイラっとする
うちの場合、実母より義母のが優しいです


650: 名無しの心子知らず 2016/11/25(金) 03:56:37.82 ID:Gth70GmC
愚痴?注意 
実母に色々ぶちギレられた 

体洗った自分と子しか入っていない湯ぶねのお湯で洗濯をした 
もちろんすすぎはきちんと真水で2回 
しかしそれを見た実母がキレ出した

さらに
まだ6ヶ月なのに親の洗濯と一緒に洗うのもおかしい 
私(実母)は一年間こどもの服は別で洗ってた! 
そもそも毎日洗濯しないで2日とか溜めてるのもおかしい 
子のものだけでも毎日洗うべきだ! 
とのこと 

更には 
月に一度休みの日に旦那に子を預けて 
友達とランチに行かせてもらっていて 
旦那も月に一度、趣味の集まりに行かせてあげてる 

そのことも「あんたたちは親の自覚がない」とキレられた 
親になったら最低でも3年は自分の時間をとっちゃいけないんだと 

上記のことをキレられ 
深夜2時に同様のぶちギレメールが送られてきた 
おかげで子が起きてこんな時間 

そんなに我ら夫婦はおかしいことをしているのか…? 
姉が子育てにかなり神経質だったのを実母は見ていたせいか 
お前は適当すぎる頭がおかしい、とすら言われた 

反省するまで実家出入り禁止!とのことだが 
おかしいことだと思ってないから一生出入り禁止かもしれない 

長くて申し訳ない




1: 名も無き被検体774号 2016/11/10(木) 18:10:01.43 ID:ToZP0tPI
母ちゃんの料理:ふきの煮物 お吸い物 ホッケの塩焼き ほうれん草の胡麻和え 

母ちゃんが恋しい(´・ω・`)




297:苛められっこ2006/09/03(日) 16:02:43 ID:duqD6ScY
高校二年生の頃、俺は苛められていた。誰に、と言うわけではなく、「クラス全体」からのいじめだ。
時には、クラス全員から無視され、時には、○○(俺の名前)病やー!とか言われ、俺にちょっとでも触れた奴が騒ぎ出す。
鬼ごっこならぬ○○病ごっこの始まりである。
教師も、表面上は心配していたが、裏ではめんどうな問題の一つとしてしか見ていなかったと思う。

そして最悪だったのは、弁当を鞄から取られた事だ。昼休み、俺は自分の弁当を食べようと、かばんをあさった。
しかし弁当の感触は無く、教科書の感触だけが俺の手を伝わった
無い。無い。俺の弁当が無い。

首をかしげながら、ふと回りに目をやるとこちらを見て、数人の男子が笑っている。(教師も手を焼くDQN軍団) 
「おい○○!お前の弁当落ちてるぞ!」 
嫌な予感がした。 
俺はビクつきながらもDQN達の居る所へと歩いていく。俺の弁当は確かにそこにあった。 
「見つけてやったんだからさ。1割だよな」 
「5000円くらいじゃね?」 

げらげらと下品な笑いを浮かべるDQNたち 
ゴミ箱の中に捨てられた弁当の中身を見ながら俺は震えだした。今まで、どんな苛めも耐えぬいてきた。 
しかしこの弁当は、母が作ってくれたものである。 
朝から晩まで働いている母が、眠い目を擦りながら作った俺の大好きなお弁当。 
俺は感じたことの無い感情に見舞われた。こういうのを切れると言うのだろうなと思いながら 
俺は椅子を持ち上げていた。 




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