放火

452 :育児まとめニュース 2016/12/22(木) 18:59:34 ID:HCv
私はヘビースモーカーだった舅の寝タバコに偽装して義実家を燃やしました。舅姑どちらも怪我はありませんでしたので杀殳人にはなりませんでしたが、犯罪ですね。
子供の安全を理由に義実家に行く回数を減らしました。正月に日帰り以外は会っていません。


621: おさかなくわえた名無しさん 2017/05/21(日) 22:38:51.56 ID:hjHQmgW/
先日自宅が放火された
第一発見者の私がほぼ完璧な立ち回りをして
直接燃えた部屋は火元の部屋だけで済み、
近隣にも何も被害を出さずに済んだ
(代わりに家の中は全部屋煤の被害が酷いが)

問題は放火犯が同居していた弟という事
この先どうしたものか父も私も頭が痛い…


306: 愛とタヒの名無しさん 2012/01/12(木) 12:47:08.35
ある披露宴に呼ばれ開始を待っていたら、
その近所で火事が起こって消防車がやってくる騒ぎになった。
延焼はないだろうけど、一応何かあったときのためにということで
入り口そばのすぐ避難できるところに移動させられ、みんなおとなしく待ってた。
幸い火事は小火程度で済んだようでしばらくして騒ぎは収まった。
でも披露宴が始まらない。会場に移動しろとのアナウンスもない。
かなり待たされてから、会場とは別の部屋に通され、
「新婦が体調不良なので今日はお食事会のみということに」
と料理だけ出され、食べて帰った。
晴れの日で緊張してたとこに火事のトラブルで参っちゃったのかな、とか皆話していた。

後日わかったこと。
近所の小火で披露宴開始時刻が遅れると知った新婦が、
そんなのいやだ、せっかくの結婚式がだいなしだと騒いで暴れまくり、
なだめられて一時は収まったものの、開始予定時刻を過ぎたらまたヒートアップし、
披露宴会場に乱入して「何もかもだいなし!」と泣き喚いて椅子や物を投げたりしたらしい。
さらには、火事が小火程度で済んだと判明して周りがほっとした隙にこっそりライターを持ち出していた。
見とがめた人が何してると問い詰めたら「許せないからぼや出した建物に放火する」と言ったとのこと。
その時、それまでのように騒ぎながらじゃなく、すごーく静かにライターを持ち出し、
さりげなく部屋を出て行こうとしていたと聞いて、本気で恐い人だと思った。


950: 本当にあった怖い名無し 2011/07/21(木) 04:48:45.35 ID:UN5utZMe0


もう20年近く前の話で、時効だと思うから書く。
若干フェイク入り。あと方言は標準語にしてある。
俺がある地方の高校に通ってた頃、Hという数学教師がいた。
若くて色男でモテてたが、横柄ですぐキレるので嫌われていた。

2年生のある日、俺はそいつにボッコボコに殴られた。
土曜の帰りの学活の前、そいつが俺のクラスに
宿題のプリントを置いていった。
プリントは二種類あったんだが、
そいつが枚数をよく数えてなかったらしく、
俺がゴミ捨てから帰ってきたら一種類しか残ってなくてさ。

俺は何も疑わずに一枚だけやって、
休み明けの月曜日の数学の授業で提出したら
「もう一枚はどうした」
「え、一種類しかなかったですけど」
「おまえ昼休みに職員室来いや」
で、昼休みに職員室に行って、そいつの前で事情を説明したら
いきなり「ふざけんな!」顔を3回やられて、
すっ転んだ所で全身を蹴られた。

最後はサンダルばきの足で頭を踏まれて、
そこでやっと他の先生が止めに入ってくれた。

田舎の高校で体罰は日常茶飯事だったけど、
ここまで理不尽な理由で
ここまでやられたのは初めてだった。
その日の夜、布団の中で、いくら先生と生徒とはいえ
これは許せないと思った。復讐してやると思った。

まず最初にしたのは、
次の日の朝一番でHに謝りに行くことだった。
これから復讐を始めれば当然犯人探しになる。
そのときに俺が疑われないためだった。
Hはウソ泣きで目を潤ませて平謝りする俺に
偉そうにウンウン頷いてみせ、
最後は「シャキッとしろよオラ」と脚を蹴飛ばした。

復讐とはいえ生徒が教師を殴ったりすれば
一発退学、それじゃこっちの負けだ。
だから俺はH本人ではなく、
Hの家族に正々堂々とイヤガラセをすることにした。


328: 名無しさん@おーぷん 2014/09/25(木)20:04:08 ID:KAjUTOKKo
叔父が亡くなった。
以下親父から聞いた話が主な情報なんでところどころおかしいかも。

叔父はまだ田舎で登校拒否なんて言葉がポピュラーじゃなかった頃の登校拒否児で
「学校行きたくない?なんでだ」いじめられてるのか?体がつらいのか?と祖父母が聞くと
叔父は暴れて祖母を殴ったり、家の中を壊したりしたらしい。
そのうち「家庭内暴力」とか「金属バット殺人」なんてのが流行りだして
テレビでそれを見た祖父母は「ああうちの子はこれか」と納得した。
そして医者に「そっとしておけ」と言われ、言いつけどおりにそっとしておいたんだが
暴力がエスカレートして「このままでは祖母が死んでしまう」と判断した祖父は離婚し、叔父をお寺へ預けた。
しかし叔父はお寺を脱走し、祖母を追って祖母の実家へ行き
「殺してやる」と言って祖母と、祖母の姪っ子を殴って実家に火をつけ逃走した。
放火なので民事事件にならず叔父は服役し
服役中に祖母は実家ごと引っ越した。
祖母の行方は親父(叔父の兄)すら知らんそうだ。
誰かが知ってたら脅されたら話してしまうかもしれんので祖父にも兄弟一同にも知らされなかったらしい。
だから当然俺も知らない。父方祖母とは会ったこともない。

叔父はかなり年寄になってから出所して、祖父が死んでからは地元の世話役みたいな人とか
宗教の名簿に名前書くと世話してくれる怪しい人たちとかにやっかいになってた。
親父が「うちに引き取っていいか」と寝言をぬかして母と姉に
「めんどうみたきゃあんたが一人で叔父さんの家に行け」「離婚届書いてからいけ」と言われ速攻で謝っていた。
叔父は新興宗教をいろいろ何股もしたみたいで
最後は層化の人にまで「あんたは不義理すぎる」と見捨てられた。

死ぬ数日前、親父の携帯に何度もかけてきて「母さん(祖母のこと)に会いたい」
「どこにいるのか知ってるんだろ、教えろ」「会いたい会いたい」と言ってたみたいだ。
親父は最初は宥めてたが、だんだんムカついてきて
「知るか。だいたいおまえのせいでおれたちまで母さんに会えなくなったんだぞ。おまえこそ母さん返せ。
おまえだけの母さんじゃないのに、おまえのせいで兄弟全員会えなくなった。死ね。おまえが死ねば
おれたちだけでも会えるかもしれないんだから早く死んでくれ」と怒鳴った。
叔父はウギャアーとわけのわからないことを叫んでたらしい。
それで親父が「どうせもう死んでるよ。生きてたって90歳近いし、おまえがボロボロにしたからもう死んでるよ」
と言ったら電話が切れて、そこから音沙汰なくて、半年後くらいに叔父は死んだ。
いわゆる孤独死だった。
遺品整理とそうじに父が行ったら畳が腐って何かの虫の巣ができてたらしい。

骨は結局祖父と同じ先祖代々の墓に入れた。
「母さんと一緒になりたかったろうけど母さんがいやがるだろうからできないな」って親父が言ってた。
それほどのことを叔父は祖母にしたんだろうなと思った。


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