手術


7: 名無しさん@HOME 2017/12/04(月) 01:03:59.72 0
俺33歳で嫁が28歳、8・6・4歳の子供がいる 
俺も嫁も昔から子供が好きで、俺はとにかく子供がいっぱい欲しかった 
出来れば6人ぐらいは欲しかった(希望)
それ聞いて嫁も「いっぱい居たら賑やかでいいよね~」って笑ってた 

そろそろ4人目が欲しいな~とぼんやり思ってたんだが、
なかなかできなかった 
子供は授かりものだから自然に任せようってスタンスだったし
急かしてもない 

俺も育児には積極的に関わるし収入面も問題はない、
近所に互いの両親も住んでる、 
嫁もまだ28歳で若いし、子供が多くなるからわざわざ広い家に引っ越した、 
夫婦仲も良いし、家族仲良いし、別に子供が欲しくて夫婦の営みを
義務的にやってたわけでもない、 

最近、嫁が避妊手術?を受けてることを知った、
縛る手術?しかも3人目産んですぐぐらいに 

知ってるのは義母と、俺母と嫁姉だけ、俺には何の相談も無かった
今も何も言わない 
それで嫁に対して愛情は冷めないけど、俺は夫だし、
わざわざ手術なんてしなくても、何か一言でも相談して欲しかった 
俺母から事実を知らされて、ショックだった





155:名無しさん@HOME2011/06/23(木) 10:24:30
いつもは遅くなるとき電話くれるのに、電話かかってこないまま
夜中になり、待ってたけど、そのまま朝になった。

結婚して初めての旦那の無断外泊。
怒りとショックとで、何度も旦那携帯に電話するも出ない。
メールしても返事もない。
なので、旦那が持ってる会社から支給されてる会社携帯に電話してみた。 

やっぱり出ない。 
最初は怒りの電話やメールだったけど、時間たつと共に泣きが入った 
メールや電話(とにかく連絡だけは下さい、みたいな)してた。 

結局、旦那は数日帰ってこなかった。 
その間、もちろん電話もメールもない。 
私だけ義両親と絶縁してたんだけど、そのことで親から責められたりして 
板挟みになって苦しい立場だったのかも、旦那の気持ちもっと考えてたら、と 
とにかく自分を責めっぱなしだった。 

もう離婚しかないよねって諦めてた頃、旦那から電話かかってきた。 
びっくりしすぎて上手く言葉が出ない私に旦那は猛烈に謝罪。 
聞くと、会社から客先に行く途中に交通ジコに会って手術・入院になったそう。 
で、旦那のジコが会社に連絡が行き、会社にいる義両親の知り合いが即座に 
義両親に連絡。 

義両親は「嫁とは別居状態ですから連絡は結構です。息子の世話は私らがします。」 
とずっと付き添ってたそう。 
意識取り戻してすぐに状況聞いて、「嫁は?」と聞くと、義両親は 
「何で絶縁されてる私らが、わざわざあの人に連絡してやらんといかんのだ!」と。 
あまりの出来事に、旦那も絶縁決意。 

しかし、ここまでされると、もう今後どんなことが起ころうと、義両親に対しては 
絶対に仏心など湧いてこない。



【後編はこちら】

421: BOX ◆glwg0hHDLQ 2007/12/10(月) 01:08:56
・詳しい悩みの内容(必須) 
嫁が今朝から家出をしている。 
土曜に喧嘩をした。 
長くなりそうなんで、別に書きます。 

・最終的にどうしたいのか(必須) 
戻ってきて欲しい。

・相談者の年齢と職業、収入 
39歳、会社員、600万 

・配偶者の年齢と職業、収入 
33歳、在宅でパートみたいな感じ、最近は仕事をしてなかった。 
年収不明。扶養から外れない程度。 

・子供の有無、いるなら人数と年齢、性別 
男の子が一人、4歳。 

・住まいは持ち家か賃貸か 
賃貸 

・親と同居かどうか 
別居 

・結婚年数 
7年 

・離婚歴がある場合はそれも記入 
自分が×1 

【後出し厳禁!】 
・バクチ、浮気、暴力(肉体的、経済的)、借金、酒や薬物等の依存症、病気 
一切なし



150:可愛い奥様@\(^o^)/2017/04/04(火) 23:38:29.10 K.net
下ネタ入ります

子供が欲しくてお見合い結婚した
旦那も子供好きで二人は欲しいねって結婚前に話してた
けどいざ結婚してみたら旦那のが小さすぎる上にまともに立たなくて入れる事すらできない
話を聞いてみたらもともと立ちにくかったとの事
婚約中にこっそり手術したらしいけど、それでも入れれる段階にならない
そもそも小さすぎて立っても入る気がしない
舅が厳しいからって話で婚前交渉しなかった私も悪いけど、まさかこんな事になるなんて…
まだ新婚だけど離婚したくて仕方ない



878: 彼氏いない歴774年 2012/11/06(火) 22:59:07 ID:AV0aFi8B
高校生の時に体験した事。 

うちは母子家庭で、母親は病気がちだった。グレようとするタイミング毎に母親が手術。 
高2の夏休みにやはり母親が入院し、DQNなりかけだった私は夜毎繁華街を徘徊していた。 
ある日、いつも通りにゲーセンで時間を潰していたら

綺麗なお姉さんのグループに声を掛けられ、アホなJKだった私は尻尾を振ってついて行った。 

そして何故か化粧品や服や靴、キラキラしたノートやペン等、バイト代すら生活費に入れざるを得ない貧乏娘には憧れ()の物を色々買って貰った。 
一応遠慮はしたけど「タヒんだ妹にそっくりで」やら
「妹にしてあげたかった事をさせて欲しい」やら言われて、「そんなもんかな」と納得した。 

ご飯をご馳走になって高そうなホテルに泊めて貰って朝ごはんまでご馳走になって、流石に「何かおかしい?」と思い「帰る」と言ったら封筒を渡されて「おうちで開けなさい」と言われた。 
車で繁華街の駅まで送って貰い、お礼を言ったらお姉さんたちに順番にキスされた。 

家で封筒を開けたら50万円入っててビビった。 

あれは何事だったんだろうと今でも思う。 
しかも、お姉さん達の名前も聞いてなかったし私も
「かわいこちゃん」としか呼ばれなかった。



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