壮絶


106: 名無しさん@HOME 2017/09/30(土) 22:33:37.05
3人目妊娠した時4wでつわりが始まり6w入った時には37キロだったのが29キロまで痩せてた。3歳と1歳の育児しながらの生活は壮絶で最後は意識朦朧として起き上がることすら出来ず病院搬送。もう体も心も限界で産んであげることが出来なかった 
意識が遠退く中子供達の泣き声が聞こえて旦那に電話をかけたら上の子が泣きながらママがタヒんじゃう!って言って旦那が慌てて帰って来たけど電話かけることも出来ないまま意識失ってたらと思うとゾッとする




434: 名無しさん@おーぷん 2015/09/19(土)12:56:20 ID:QkY
ぶった切り申し訳ない。

やっと決着ついたので投下させてください。
フェイクがかかってますので、
多少のズレはご了承頂ければと...

長くなるので何回かに分けます。
宜しくお願いします。


私(A)→(28) 大手総合職 6年目一応マネージャークラス、夫有り
母→昔は専業主婦。現介護職 マネージャー
父→毒親 DV大好き、今は過去の酷い悪行で実姑と二人暮らし。大大手企業役員


母姉、姉夫→金持ち、姉夫は医者、子供2人いるがどちらも優秀、イケメン、忄生格よし、大手企業勤務

母弟、弟嫁→子供3人、母弟は公務員、弟嫁はパートさん

とまあこんな感じです。
ちなみに、私には妹がいますが人に無関心なイケメンなので省きます。笑


まずは私の家庭を。
覚えてる限り書くと、
・父の母に対するサゲ発言日常茶飯事
・母に対するDVも日常茶飯事

私が小学生の頃、朝起きるとクリスマスプレゼントではなく、リビングには段ボール

ママはもうパパとやっていけない。どちらに着くかはあなたたちで決めてと人生の選択をさせられる。

妹と母について母実家へ。
→翌日、父が登場。
→母実家を大いに荒らして荒らして警察に御用 




241:本当にあった怖い名無し2011/06/30(木) 14:40:06.00ID:Vn9h8hXS0
心を壊して入院してたことがある。退院したのは30歳の時。浦島多呂子とでも。
私の記憶は大学生活の途中で途切れ、24歳位からの牢獄じみた生活で再開されてる。
空白の期間に何かあって、幻覚の幸せな生活の中に埋没して、戻れなくなったのね。

そこから日常生活に戻るまでに色々とやったけれど、興味がある人いるなら書くわ。



202: おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2013/08/27(火) 23:41:15.02 ID:i5Ap5PAk
車といえば何年か前、今住んでる所よりも少し田舎に
仕事の都合で引っ越した時に違法駐車で修羅場った事があるよ

小学校の裏の住宅地みたいな所だったんだけど、
入居した家の横に東西に細い道が通ってたんだ
んでそこから少し東へ5mほど歩くと
広くなっててそこに毎日車を停めてる奴らがいた

引っ越した次の日に出社しようと玄関を開けたら
玄関前に黒のオデッセイ(古い方のDQN車みたいなの)
が半分ふさぐように停まってた

「は?ドア全部あかないんだけど・・・?」と思いながら
一階の北向きの窓から外を見てみると
東の広い所から車が5台ほど停まってるんだよね

勿論窓のすぐ前にも車がいて、
完全にうちの北側をふさぐ形になってた

その日は西側の縁側から出て、その車のフロントガラスに
「入居してますので駐車はやめてください」と貼って出かけた

帰ってきたらクシャクシャに丸められて
玄関に投げつけられてた

その日から3日くらいは玄関の前まで
駐車されることはなかったんだけど、
1階で寝てると夜中に窓のすぐ前に車を停めて
ダベってバカに悩まされた

一軒屋だったから2階へ部屋を移して過ごしてたら
1階に電気がついてないもんだからまたどんどん停め始めて、
1週間経たない内に玄関まで再度停められる事になった

流石にこれは・・・と思ってすぐに警察に連絡して
対処してもらったんだけど誰も持ち主が出てこない

んで6台くらい駐車禁止きってもらってその日は済んだんだけど、
次の日仕事から帰ると玄関のドアがめっちゃ凹んでる

なんだ?と思って部屋に入って電気つけて
ヤカンでお湯を沸かしてたら、すごい勢いで
ドアバンとインターホン連打が始まった

着替えて出て行くとなんか変な頭の色した若い兄ちゃんと
プリンみたいな色の頭の悪そうな姉ちゃんが怒鳴り込んできた

何言ってるかわかんなかったけど、
要約すると「お前のせいで駐車禁止になったから金払え!!」
「たかだか家の前に停められたくらいで文句言うな!!」
ってことらしい

こっちもむかついてたんで言い返してケンカになったんだけど、
そこへ近所のじいさんとばあさん、その娘がやってきた

助けてくれるのかな?と思ってたら、
その娘の車が駐車禁止切られたから
うちにも払え!!って怒鳴られた


479: 名無しさん@おーぷん 2015/09/20(日)22:37:28 ID:Zuy
高校生のとき、
ひと月の間に両親を相次いで亡くして
喪主二回やったのが修羅場。

母親は先天的な心臓の欠陥からくる虚弱で、
入退院を繰り返している人だった。
普通のサラリーマン家庭で育ったが、
友達のように「じーちゃん」と「ばーちゃん」
はいなかった。

推薦で大学が決まって
ボチボチ車の免許を取ろうとしていた時期に
父が車の事故で他界した。
訃報を聞くなり母が卒倒。
救急車で病院に運ばれそのまま入院した。
「祖父母」という存在がいなかったように、
「親戚」もいなかったから自動的に喪主をやることに。

父の勤め先をはじめとした周辺への連絡、
火葬の許可など、何から着手していいのか
わからないままご近所さんたちの知恵と手を借りて
どうにか通夜にこぎつけた。
喪主の席で坊さんの背中を見ながら思ったのは、
「坊さんもタダじゃ経をあげてくれないんだなー」
ということ。

預金の名義が父になっていたことから、
父が亡くなったことで凍結。
相続の手続(?)が住むまで下せなくなっていて、
葬式代の工面に大わらわした。
(大学進学を機に一人暮らしする予定だったので、
両親があらかじめ私名義で積立をしてくれていたので、
そこから支払った)

ここまでが第一の修羅場。

538: 素敵な旦那様 2005/06/14(火) 13:17:44
1 名前: 恋する名無しさん 投稿日: 2005/06/03(金) 14:37:31
3年前俺は事故で完全に盲目になった
当時付き合っていた彼女は、普段は俺が大好きだとか愛してるとかそればかり言っていたくせに
俺が目が見えなくなってしまってから手のひらを返したようにいなくなった
結婚までしようと俺は考えていたので本当にショックだった。俺はその程度だったのかと
それからの生活は一変し、気づけば周りの人達は俺から離れていなくなっていた
はじめは暗闇の中での生活に恐怖を感じていたので周りに気を向けるヒマもなかった
気づいたころには友人とも付き合いはなくなり、
元々仲がいいわけではなかった兄もしょうがなく面倒を見てるといった感じ
そもそもこの事故は前彼女を庇った時に巻き込まれて失明したので、いなくなった前彼女に怒りや憎しみを覚えることすらあった
今思えばその頃は怒りを向けることで一時的にでも自分のことから逃れられていたのでそれが楽だったのかもしれない
しかししばらく時がたつとそれすらも億劫になるようになり、毎日ボーっとするだけの日々をすごすようになった
何かをやろうとしても目が見えないのだから何もすることが出来ない
一人では何ひとつできることがないのある
何度も死んじゃおっか…とも思った
けれどそんな俺にも2人だけ頼れる友人がいた
中学時代からの本当の親友A(男)とB(女)
嫌なことも楽しかったことも色々あったが、目が見えない中そいつらとの楽しかった日々の思い出だけがいつまでも焼きついて離れない


このページのトップヘ