990 :育児まとめニュース 2016/08/06(土) 11:49:50 ID:6tf
たまに私は少子化対策に貢献してるとか言ってる母親がいるよね?
三人、四人以上産んでるならなんとなく分かるけど
(夫婦の人数引いてやっと数が増える)
それでも「少子化を止めるために子育てしよう!??????しましょう!」て作ったわけじゃないのにこんな事言ってて情けなくないのかな?
欲しくて作ったんだろうし、計画的関係なくきちんと子育てしてたらどうでもよくないか?
子供に「私は少子化対策社会貢献の為にあなたを作ったの」とか
言ってるみたいで私は嫌だな。
わたしが子供の立場なら絶対嫌だし将来子供作りたいとも
おもわなくなるわ

あと『少子化対策に貢献してるから社会が自分の子育てに協力するのは当然』的な主張する女性.の内、一体何割が自分の子供を「自分だけのものじゃなくて国の財産」として認識してるんだろうか?

なんというか大半は『うちの子は自由!この子は私のもの!教育に関しては私の好きなようにする!だけど他人は(国や教育機関含めて)口を挟まないで!』的な態度なのに、都合のいい時だけ社会の財産だと主張してる気がする。



428: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2014/12/11(木) 01:09:00.21 ID:+DYl6BhR.net
最大の修羅場は二年ほど前の障害年金受給手続きで
もう少しで国相手に裁判おこすところまでいったことかな 

かなり長文になりそうだが今日某全国紙に
障害年金がもらえない事例として載りそうなので
区切りがついたとしてここで言い合いこと吐いて
区切りつけたい、勘弁な 

両親がちょっと毒入っていて本人たちに悪気はないんだろうけど
子供の人生は自分たちが考えてるとおりに進まないと
ダメだと考える人達だった 
いつまでも子離れが出来ずに
世話をやこうとして子供の意志を潰していく 

まぁそんなんでずっと苦労してた、
自分で言うのも何だが俺自身の心も
かなり屈折して人の言うことはなんでも従って 
5年に一度ぐらい大爆発して斜め上の行動力で
ものを解決するようになっていた
(ブラック企業やめるときに上司を経由せずに
直接本社の社長に退職届叩きつけたりw) 

始まりは東日本大震災。
加えて円相場の影響で勤めてた工場が一年後あぼーんした。 
当時俺の体は約20年前の職場での働き過ぎによる
(IT企業で月に400時間w)過労で救急車で運ばれていらい
ゆっくりとではあったが確実に壊れていっていた 

せっかく会社潰れて休みができたし精密検査するかと病院へ 
結果は数字的には障がい者手帳三級がもらえるレベル、
早急に手術が必要です、しない場合命の保証はできませんとのこと 
そして病気に対応できるレベルの大病院に週一で通ってくれと




280:名無しさん@おーぷん2017/12/01(金)09:33:55ID:Nbt
完全に愚痴
妻:28才手取り10万扶養範囲ギリギリのパート
俺:29才手取り21万正社員

国は俺達のような世代に子供産め産めというが、
国が同時に介護は家でやれって言うせいで事故で骨折して歩行器生活の祖父と、
仕事中頭打って体に軽い麻痺と空間無視と失語が出て失職した父
(どれもギリギリ障害者手帳交付の基準に満たない)と同居してるんで
マジどうやって子供なんか産んで育てんの?って状態
妻がパートなのも介護があるから
日中は祖父も父もお互い支え合って生活してくれるから何とかなってるが
家事はできても洗濯(父)と洗い物(祖父)
父が体に麻痺があるので祖父の介助は妻がしてくれるが、妻の身長152、祖父175
体重も20キロ以上違う
もし妊娠なんかしたら、祖父を支える度に流産の危険と隣り合わせ
しかもパートって妊娠出産しても法的に収入が守られてるわけじゃないから、
介護費足りなくて立ちいかなくなるし
妻が正社員、俺がパートしながら家事介護したとしても、
妻が妊娠したら収入減るわけで、生活が安定しないし
もし保育園みつからなくて妻が失職なんてことになったら路頭に迷う

父のリハビリが進めばもう少し楽になるかもしれないが、年単位の話
出産にはリミットがあるのに間に合うかもわからない
医者の話ではまず間に合わないというか、多少マシになる程度
ケアマネに相談しても「介護を受ける側のことを一番に考えて」
と介護する側のことなんて二の次

てかこっちを奴隷か何かと思ってるよね
育児と介護の両立なんてどうすんだよ
国は安心して子育てと介護の両立ができるモデルケースを出せよ



414: 名無しさん@HOME 2011/11/09(水) 21:53:51.44 0

うちの両親は両方共旅行好き

しかし父親は国内貧乏旅行、母親は海外旅行好きで、
家族で旅行に行くという事はあまりなく
基本的に両親の片方と子供という組み合わせで旅行に行っていた

ある年、母親とA国へ旅行に行った時の話 

その時、A国はお祭りで、本場のものが見れてその旅行自体は楽しいものだった

そして帰りの飛行機に乗り、飛行機の乗り換えでB国に数時間滞在の後、
日本へと帰国したわけだが日本に帰ってきて、家に着いてテレビをつけたらB国が無くなっていた
もし、数時間滞在が伸びたりしていたら、出国出来ないとかの事態になっていたかもしれない!

と、親達は修羅場だったとか何とか

個人的には、旅行中隣のC国に行った時、国境でアサルトライフルを背負った兵士が
パスポートチェックをしていて 「変な事をしたら殺される!」と、
半泣きになった事のほうが修羅場だった



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