おじさん

67 :育児まとめニュース 2012/09/23(日) 09:23:26 ID:ECJvoneAi
762 彼氏いない歴774年 sage 2012/09/23(日) 02:12:16.12 ID:D+uBE4NH
地域猫的な猫をブラッシングしてやるおじさんを見た
猫たちが「わーやってやって」って何匹も走ってきて、
おじさんが流れ作業のように足だの頭だのつかんで転がしまくりながらブラシかけてやる
猫はブラッシングに癒されるというよりは転がされるのを遊びととらえているようで
興奮して爪バリバリ研ぎ始めたり木に駆けあがったり、
ブラシかけ終わってポイ捨てされると背後からおじさんを襲ったりwwwしててカオスだった


すごく見たいw



43:なごみ2012/09/19(水) 23:05:33.85ID:vzwcSIPs0
3年くらい前だったかな?山手線の中での話。
急に思い出したので投下。

当時の私は右足を大けがしていた為、真っ赤のガチガチプロテクター着用で右足だけシャアザク状態。
ただ、大変理解ある会社のお蔭で時差出勤させてもらい、朝のラッシュは回避していた。

自分が乗った駅では座れたが、座席は全部埋まってしまってた。
次の駅、20代前半くらいの細っこいの女の人と女子高生が乗ってきた。
女の人は私の左斜め前、女子高生はその左隣に立ってた。
その次の駅で私の左隣の席が空いた。
状況的には若干、女の人ほうが空いた席の前寄りだったんだけど、女子高生がものすごい勢いで座ってしまった。
女の人も若いからそれだけでは何とも思わなかったんだけど、チラリと見たらとっても青い顔をしている。
更に直後、カバンの取っ手からマタニティマークが見えた。(何故だか目立たないようにつけてた)
あ、悪阻だなと思い反射的に席を立って譲った。
女の人は私の足を見てすごく恐縮してたんだけど、立っている人も少ないし、まあ私は大丈夫だろうと思って。
(別にカッコつけるつもりじゃなかったよ。当時自分がみんなに親切にしてもらってたから、つい。)

なごむのはこの後。




158:名無しさん@HOME2015/03/08(日) 16:44:30.30 0.net
父と母は同級生。母は在学中に妊娠して父は卒業後に就職した。

母は姉と俺を立て続けに産んだ。姉が4歳、俺が3歳にになる頃、母は大学に受験して合格。学業と育児を両立させるのは難しいためか、両親の同級生で親友のおじさんがその手伝いをするようになった。
おじさんは在宅ワークなので都合が良く、快く引き受けてくれた。


おじさんは良い人だった。
幼稚園の送り迎えをしてくれたし、遊んでくれたし、勉強も教えてくれたし、美味しい夕食を作ったり、相談相手にもなってくれた。
おじさんがいたから両親がいない寂しさも感じなかった。

おじさんが育児の手伝いをするようになってから10年以上が経った。
母は大学を無事卒業して資格を取って就職、父も順調に仕事をこなし出世していた。姉は高校一年になった。
おじさんは育児や家事の手伝いの必要がなくなり、あまり顔を出さなくなったけど会いに行くと喜んでくれた。

ある日、姉が俺に告白した。
おじさんの事が好き、明日告白すると言った。
結果は惨敗だった。




908:名無しさん@おーぷん2015/07/17(金)17:36:40 ID:UtW
飲食でバイトしてた時、
60代後半くらいのおじさんが入ってきた

無愛想な感じではあったけど、面接の時に「孫に色々してあげたいからお金がいるんだ」と言っていた
他にも警備員のアルバイトをかけもちしていると言っていた

おじさんの初出勤の時、店長はいなかった

何故か調子に乗ったバイトの男の子(大学生)がおじさんに対して怒鳴る怒鳴る

おじさん皿洗いで、男の子はキッチンだったんだけど、ホールまで聞こえるくらいの声で怒鳴ってた

「学習しろ!」「言い訳すんな!」

おじさんが帰るときには、

「ここまでやったら帰っていいんで!はやくやってください!」

と、最後の最後まで怒鳴っていた

おじさんはそのままやめてしまい、次に来ることはなかった
その男の子も最近入ったばかりだったのに、何故あんなに上から目線で言えたのか
孫ぐらいの子に怒られるおじさんの心境を考えると今でも胸が痛い




970:おさかなくわえた名無しさん2017/01/30(月) 13:42:47.96ID:On7YJGuV.net
下書きしてから投稿するが長文になってしまった。
2chに書き込むのは初めてだが書いてみる。

身バレするとマズいので5割は俺の創作、
ということにしておく。
創作なので辻褄が合わない所もたくさんあるが
スルーして欲しい。
当時俺は幼稚園生ぐらいの年齢で
今で言う所謂ネグレクトというやつだった。
両親共にパチカスで、俺と妹(当時まだ乳飲み子)は
両親がパチ屋で遊んでる間は
家か車かパチ店かで適当に過ごしていた。

幸い暴力の虐待などはなく、
本当に子どもに興味がない、
という感じだったんだと思う。

両親に遊んでもらった記憶はなく、
おもちゃなども家に全くなかったので、
広告の裏に鉛筆でひたすら絵を書いて遊んでいた。

生きていく最低限のことはやってもらっていて、
お風呂も時々だけど入れたし、
食べ物も両親の気が向いた時や、
近所からの頂き物?のお菓子か何かがあるときは
それごとくれることもあった。

ギャンブルで勝ったときは両親の機嫌も良くて、
本当に時々だけど
ファミレスに連れて行ってもらったこともある。
(これが子どもながらに一番嬉しかったw)

妹はまだ産まれたばかりでミルクももらっていたけど、
両親がいない時は俺がミルクをあげたりもしていた。

初めは泣いていてもどうするべきか分からず
そのままにしていたが、
母親と同じようにすれば泣き止むのかなと考えて、
台所にあるミルクの缶で
見よう見まねでミルクを作ってあげた。

今思うと量って入れたわけではなかったので
分量とかめちゃくちゃで
飲ませて良かったのかわからないけど、
当時は妹もゴクゴク飲んでたので安心した記憶がある。

あとオムツも替えてあげたが
ウンチの時はどうしたらいいか分からず放置していた。
(帰ってきてから母親が替えていた)

そんなある日、
俺と妹は両親に連れられてパチに行き、
2人が遊んでる間俺は買ったオニギリを持たされ
入り口のベンチ?みたいなところで食べながら待っていた。
(妹は母親におんぶ紐で背負われていた)


372:おさかなくわえた名無しさん2007/01/17(水) 02:12:13 ID:SxtZVzTo

先日、込み合うコンビニの店内で
レジの列に並んでた時の話。


自分の前にいた小学校低学年ぐらいの女の子が店員に
「このお店に公衆電話はないのですか?」と聞いた。
そうすると店員は無愛想に
「公衆電話はありません。」と答えた。


すると女の子は
「じゃあ、電話代を出すから
お店の電話を貸してくれませんか?」

と言うと店員は
「お客さんにうちの電話はお貸しできません」
キツイ口調で言った。
女の子は今にも泣き出しそうな顔をして
レジを離れようとした。

すると、自分の後ろにいた
ヤンマーと書いてある帽子をかぶった
農家風の60歳位の男性が
「この店は、入り口にこどもSOSとか貼ってるのに
電話も貸してやらないか。
よし、おじさんが携帯を貸してあげるからこれ使いな。」
と女の子におじさんは携帯を差し出した。
気まずそうな店員。

ヤンマー帽子のおじさんカコイイ。



297: 名無しの心子知らず 2008/03/18(火) 10:00:31 ID:vmqrdK11
バスで1歳前半児を連れて病院に行った帰りのことです。

小児科で散々嫌な思いをしたため、
機嫌が悪かった子供は眠いのも重なって
ずっとグズグズ言いっ放しでした。
う~う~唸り続けて、時折ギャーッっと泣いたり、みたいな。

結構混んだバスだったので、
すみませんすみませんとペコペコしっぱなしで、
ずっと子供と格闘していました。

バスに乗って五分ほどたったとき、
突然遠くから人ごみをかき分けてやってきたおじいさんに
「おまえ、もう次で降りろ」と腕を掴まれました。

固まってる間に次のバス停に着き、
脇に畳んで置いておいたベビーカーを
車外に降ろされてしまいました・・。
(ステップから近いところに立っていたので・・)

運転手さんも、他の乗客も、
誰も何も言わず私を見てるだけ。
耐えられず、即下車しました。

そこから駅まで徒歩なら1時間近く。
次のバスを待つ気にもなれず
(それも30分くらい待ちだし)、
タクシーもあまり通らないところなので、
歩いて帰りました。

帰り道、なんだか急に悲しくなって、涙が出ました・・。

155: 名無しの心子知らず 投稿日:2012/06/06(水) 13:11:06.51 ID:Ned2Ks6p

1歳半の子供が中耳炎の治療後グズってちょっと下におろしただけでギャン泣き。

行きに乗りたがって乗って来た三輪車も断固拒否。
病院から家までの徒歩5分とりあえず抱っこしないと進まない状況。
夏日で汗だくの中ちょっと休憩しては抱っこして進む。11キロ超えで左手はパンパン。
商店街で立ったままさっと水筒でお茶を飲んだ。この間子供はうずくまってギャン泣き。
そこを通りかかった家族連れのおっさんに「おい、抱っこしてやれよ、お前の子供だろうが」
と上から目線で言われる。暑さと疲労とストレスで「ずっとはできないよ!あんたやってみろよ!」
と叫んでしまった。はたから見れば私はただのキチママに見えただろうね。
どんなに辛くても手も貸してもらえないのはいいとして、まさか注意されるとかねーよ。



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