いい話


445: おさかなくわえた名無しさん 2008/07/23(水) 20:46:10 ID:1nwSJRu7
学生時代は漫画アニメ部に所属し、特に友人も居ず、
クラスの男子からは無味無臭の気体くらいに思われていたと思う。 
卒業文集の、みんなのあだ名欄にも、あだ名欄にも関わらず
『〇〇さん』と書いてある程度の女子でした。 

一ヶ月後の同窓会の案内が来て、行くつもりは毛頭無かったけど、
親が『家から出ないとお小遣いやらない』と言うので行く事にした。 
祖母に、同窓会に行く事にしたと伝えたら、目頭を押さえて喜んで
「これで準備しなさい」と50万円くれた。 
それを見ていた母が「それは全部準備に利用しなさい、レシートは必ず提出しなさい。
漫画なんか買ったら毎日麦飯にする」と脅すので、麦飯は嫌だから準備に使う事にした。 

服屋に行って派手なお姉さんに「同窓会に行く感じ・無理してない感じ」と伝えて、
上から下まで揃えてもらった。 
家で着たら、露出が多くて腕毛と足毛と脇毛と背中毛がフサフサなので、
エステに行ったら、あれもこれもとプランを組まれて、眉毛ごっそりとヒゲと、
なんかケツの毛まで抜かれた。 

化粧品なんてビオレとニベアしか持ってなかったので、
当日、髪を切たり染めたり・ついでにメイクもしてくれる所に行って
「全部おまかせします」と言っていじってもらった。 
つけまつ毛痒い。口がヌラヌラする。髪がサラサラで頬に刺さる。
 
その格好で一度家に戻ったら、祖母が大喜びして
玄関先で家族皆で写真を取る事になった。 
なんか父が涙ぐんでた。 
娘や孫の見た目が変わるのがそんなに嬉しい事なのかと、かなり衝撃を受けた。
私は愛されているんだな。 
皆で玄関先まで見送りに出てくれた。ちょっと恥ずかしかった。 
予定通り、同窓会は嫌なので駅前漫喫でくつろぐ。そろそろ帰る。





402:名無しさん@どーでもいいことだが。2000/11/14(火) 15:59
すみません、和むと言うより涙が出るほど嬉しかったので、ここに書かせて下さい。
1年前から行方不明になっていたうちの犬(ひらめ/オス/3歳)が戻ってきました!

探して探して、似た犬がいると聞けば遠くでもすっ飛んでいって探したのに 
見つからなかったので半分以上諦めてかけいたんですが、 
今日、見知らぬお兄さんと一緒に(でも、ヨレヨレになって)帰ってきました! 
お兄さんが言うには、隣の市の小さな山に鎖でつながれていたのを発見したとか。 
「すぐにつれてこようと思ったんだけれど、怪我してたので 
 動物病院に入院させていたので、遅くなっちゃいました。 
 連絡しときたかったんですけれど、首輪には住所しかなかったんで・・・すみません」という 
お兄さんの言葉通りに、あちこち傷だらけになってたけど、垂れ下がった眉は確かにひらめで。 
帰ってきてくれた嬉しさと、お兄さんの優しさに、ひらめ抱きしめたまま号泣しちゃいました。 
(しかも、お兄さん、うちまでの交通費も、ひらめの治療費も受け取ってくれなかった。 
 無理矢理に連絡先は聞いたので、今度ひらめと一緒に御礼を持っていこうと思います。) 

今だったら、どんなひどいことされても許せそうなぐらい、心広くなってます。 
おかえり、ひらめ。今日は一杯御飯食べようね。 
(超個人的和みなので、さげときます)




1:名も無き被検体774号+2013/03/27(水) 17:28:21.07 ID:pAAX5QQj0
大学時代、就活に失敗。
そのまま卒業し公務員になろうと考えたが
上手くいくはずもなく、一年以上にわたり引きこもり生活を続けてた

そんな俺の話だが暇つぶしにでも聞いてくれ

引用元: http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/news4viptasu/1364372901/
クズな俺でも夢を持った



374: 本当にあった怖い名無し[sage] 2009/11/22(日) 09:52:59 ID:brOtIIkR0
父と妹の話。 

4年ほど前、父が肺がんで亡くなりました。 
過労やストレスなどもあり、余命半年の所、2か月で。 

父は大変子煩悩で、遅くできた末妹を、とても可愛がっていましたし、 
また、末妹も極度のファザコンと言えるぐらいに、父とはべったりでした。 
「いつも笑い顔でいろ」と言う父の言葉を体現するかのように、妹は太陽のように明るい笑顔。 
生まれた時から、妹は内臓に疾患があって病弱だったけど、父はそれでも大変可愛がってました。 
父が倒れてから、妹は東京での仕事を辞めて帰郷し、付きっ切りで看病しました。 

変わり果てた父の傍で、妹はいつも、手を握って話しかけて居ました。 
「父ちゃん、あれ(テレビに映ってる食べ物)美味しそうだね、父ちゃん早く治ってよ。兄ちゃんに連れてってもらおう」 
笑顔でうなずく父。 
「父ちゃん、父ちゃんが知らない美味しいお酒、いっぱい私知ってるよ。父ちゃんへのお土産にも買ってきたよ。 
だからね、父ちゃん、一緒に飲もうね。おうち帰って、一緒に飲もうね。父ちゃんの好きなレバニラとか塩ホルモンも食べようよ」 
酒好きの父、それは俺と妹に受け継がれています。 
酒の話に、とてもうれしそうになる父。 
思い出の曲を静かに歌う妹と、耳を傾ける父。 

「お馬の親子」という曲は、父がよくまだ幼かった妹を背中に乗せて歌っていた歌でした。 
散歩に出かけた時も、手をつないでいつも一緒に歌っていました。 
父が携帯電話を持った時、妹は父からの着信音を「お馬の親子」にしていました。 

父の逝く日の夕方、父は妹に、「休め」と、口の動きで伝えました。 
それを見て、渋った妹ですが、父が余りにも言うので、付き添いの人用の仮眠室に行ったそうです。 
そして、父は逝きました。妹以外の家族と、兄弟たちに見守られて。 

起こされた妹が、父の傍に行くと、手を握ってまるで狼の咆哮にも似たような声で10分ほど大泣きしました。 
病棟全体に響き渡るような大声でした。父の事で、妹が泣いたのはそれっきりです。



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