成人


43:名無しさん@HOME2013/01/31(木) 03:21:42.16 0
自分の両親うざい。うるさいんじゃなくて、うざい。
特に父親なんだけども、ちょっとしたことでブチギレ。
昔から短気なところはあったけど、自分が今年で21で自分のことは自分で何とかしたい考えなのと
父親が更年期?が重なっているのか、最近まったくソリがあわなさすぎる。
一番最近の喧嘩は自分が働いてる会社を辞めてディズニーでバイトをすることに腹をたてたこと。
学生の頃からやりたかったけど、卒業してすぐフリーターは学校側も親も反対だったのでとりあえず就職。
別に好きでもないし、逆に早く辞めたい思いの方が強かった。
転職もやりたい仕事がないので、それならずっとやりたかったバイトをしようと思った。
そのさい、私が親にあまり辞める話をしなかったのが原因で未だにイライラしている。
といっても「この会社にずっといるわけではない」「ディズニーでバイトしたい」とは話していた。
親も私が学生の時から「何かあったら話でも相談でものる」とは言っていて今回も相談をしてほしかったらしいが
結局相談をしても最終的には否定的な意見(お前がそう思うならいいと思う。でも~的な内容)なのでこっちもあまり相談をしなくなった。
そして、「家にはお金いれろ」「もう助けないからな」だとか言ってくるけど
必ずいれてるし今まで忘れたことないし、助けてなんて今まで親に頼ったこと無い。
ましてや今年21なのに今まで自分が当たり前のようにやってきた事を今更釘刺されるのも心配されるのも、うっとおしいだけだ。
自分が一人っ子で心配な気持ちやら不安な気持ちがあるのだと母親は言ってるけどそれにしても、うざい。
他にもたくさんあるけど長いので割愛。
長文失礼しました





112:おさかなくわえた名無しさん2017/08/27(日) 19:17:06.93ID:jzHfx3Ue
東京西部、私鉄沿線で生まれて
暮らしてきたんだけど、
この春から23区内に住むようになった。

地下鉄の駅から借り上げマンションまで
一切ファミレスがなく、
定食屋も夜8時を過ぎるとやってない。

なもんで、個人経営の居酒屋で
食事を済ませてるんだが、
どこも喫煙可で分煙もなし。

先日、一番気に入ってた居酒屋で、
隣の客に「タバコが煙い」
と消すように頼んだら、

店主から
「うちは飲み屋。飲み屋に来て、
タバコに文句を言うなら、
もう来ないでくれ」
と言われた。

「たしかに俺は
ウーロン茶と焼き魚定食で
儲けの少ない客かも知れないが、
客は客だろ?」
と反論したら、

「店にも客を選ぶ権利がある。
楽しく酒を飲めない人、
揉め事を起こす人は客じゃない」

1週間位して、ほとぼりも冷めたかな、
と昨夜、暖簾をくぐったら、
俺の顔を見るなり
「満席だよ!」。

明らかに4席も空いていたのに……

黙って戸を締めたら、
中から笑い声が聞こえてきた……




19:愛とタヒの名無しさん2017/08/24(木) 12:13:42.85ID:eZOfBBWh
別に疲れてはないけど愚痴

女性受け身な人多すぎないか
なんか常に俺ばっかり話題提供して
気遣ってる印象だわ

リードされたいって願望の女性が
多いんだろうけどさ
楽しかったよー次も会いたいって、
そらこっちは接待みたいにしてんだから
楽しいだろうよと

最近では会う前に一度電話して
話すようにしてる




728:おさかなくわえた名無しさん2017/08/29(火) 12:51:53.63 ID:jgcBsE5E
自分の車に轢かれそうだった。

ジムの駐車場出口に
工事用コーンがあった。

・車を停めて、
サイドブレーキを引いた。

・エンジンは入れたまま。
・運転席側のドアは開いたまま。
※ ギヤーは前進

で、車降りて、
工事コーンをどかした。

サッキを感じて振り向いたら、
ゆっくりと車が自分に向かって
走っている。

体を横に躱して、
社外から体をねじりながら
サイドギアーを強く引き直す。

それでも止まらない。
車は歩道を過ぎて車道に出た。

右から来る車は急ーブレーキで停止。
修羅場。

ギヤーをバックに入れる。
車は停まった。
急停止した運転手さんに謝る。

しにかけたので、頭へきて、
即 デイラーへ行って症状を話して
走行原因を聞いた。

ジムで披露懇倍して、
通常の停車3点セットを省いた為、

・エンジンキーを抜かなかった。
・駐車ギヤーにしなかった。
・サイドブレーキの引きが弱かった。




331: 2010/04/28(水) 12:30:36 ID:2PqKQJL00
五・六年の担任(女 親も教員)が私のことを嫌っていて、結構いやな目に合わされた。
その当時、その地区では珍しい私学受験の予定だったからかも。

子供は多少バカで勉強が出来なくても元気なのが良い、というのを曲解していて
バカで運動が得意な子ばかり可愛がって、頭は良いけど運動が苦手なタイプは出来損ない扱いだった。

そいつは私達が卒業した後に何故か地元に帰る事になっていたらしく、
改めて自分の地元の県の採用試験を受けたんだが見事に落ちてた。
家の母親はなんかの機会の時に「落ちてよかったですね。もう先生はやらない方がいいんじゃないですか」
と面と向って言ったのだと。
それぐらい家の母親も業を煮やしていた酷い奴だったんだよ。

その後、風の便りで「地元の美容師と結婚したものの、一人目を流産した」という話が伝わってきた。
当時の私の仲間連中(先生に嫌われてたメンバー)は誰も同情もしなかった。
ザマアミロって。

「教師も、同級生も、バカにした奴は皆、見返してやる。幸せになってね。」
これが私なりの復讐だった。中高一貫の私学で充実した六年間を過ごした。
最高学府を目指すほど頭は良くならなかったけど、大学は理学部に進学した。

そして今は何故か教員やってる。非常勤だけどさ。
あの頃、自分が味わった惨めな思いを味あわせたくないから
目立たない子、地味な子も均等に扱っていくように心がけてる。
目立つ奴の影で、そいつなりの良さを認めてもらいたくてひっそり咲いている小さな花のような子の力に
少しでもなれることができたらいいな。
理想の子供像に当てはめるんじゃなくてね。




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