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659: 名無しさん@HOME 2011/11/13(日) 12:53:16.18 O
母の修羅場
三番目の子を出産するとき、中々子供が出てこないので助産師が馬乗りになってお腹を力一杯押した。
子宮破裂。
母は何かおかしいから切ってくれと訴えるが、医者も助産師も気付かず母失神。
やっと気づいて緊急帝王切開。
子供は長いこと呼吸が出来なかった為心配停止状態だったが辛うじて蘇生。
重い脳性麻痺となり、母は殆ど寝ずに看病するも生後五ヶ月で死去。
その間父は浮気しまくり。経済的・肉体的DVしまくり。
父と離婚成立するも、帝王切開時に子宮と卵巣を全摘してしまった為29才にして更年期障害になる。
落ち着いた頃には、ドップリそうかにはまってしまいましたとさ。
約20年ぶりに父から留守電入ってたので記念カキコ。


413: 名無しさん@HOME 2012/05/23(水) 11:24:14.26 O
今朝娘(2歳)がトメに言ってくれたwww

トメは頻繁にいやげものを届けに来てくれる。
最近で衝撃的だったもの↓
・ウトの入れ歯
・トメが着用していたくたくたの下着
・干からびたみかん
・錆びて傷がつきまくった中華鍋
・賞味期限が1992年の缶詰め詰め合わせ

他にもいろいろあって、中には使えるもの食べられるものもあったけど、ほぼゴミ箱行きで「トメさん、いりませんから」と断っても持ってくる。
今朝トメが「嫁子ちゃん良かったらこれ着てね」とババシャツ(トメ着用済みくたくた)を数枚持ってきた。
こんなもん着ねーよと思って断ろうと思ってたら、娘が「おかしゃ、キュッキュッ(母ちゃん雑巾くれ)」と玄関までやってきた。
娘は現在掃除に激ハマリ中でタオルや端切れを引っ張り出してきてはオモチャを拭きまくっていたので、トメが持ってきたババシャツを与えた。
娘歓喜して部屋に戻ろうとしたので「それはペッペッだからペッペッをキュッキュしてね(そのシャツ汚いから汚いもの拭いて)」と言った。
そしたら娘は「ばあちゃ、ペッペッ(ばばぁ汚ねぇ)」と言いながらトメを拭き出したwww
トメは娘の「キュッキュ」や「ペッペッ」がどんな意味か知っているので般若のような顔でうちから出て行ったww
娘よGJ!!

585: 1 2012/05/18(金) 23:55:19.44 0
今からちょっと後味悪い話するよー

私は子供の頃親戚にいびられていた。理由は、父親が外国人で貧乏学者だったから。
昔からの土地持ちで資産家の親戚一族の中でウチは異端、矛先は私だけに向いた。
その一環に年の離れた従兄弟による性的な物もあった。
従兄弟は本家長男で、物凄い馬鹿。そんな馬鹿を本家は腫れ物に触るようにチヤホヤ。
それは私が5才くらいから(自分で身が守れるようになる)11才くらいまで続いた。
挿入行為からは必死で逃れので貞操は無事だったが、色々と嫌な事をされた。
生活に必死な親にはとても言えず、本家側は気付いていたのに無視していた。

やがて私も強くなり、両親も仕事が軌道に乗り良い生活を営めるようになった。
と同時に従兄弟側は弱くなっていった。怠け者だから何をやっても駄目で、
友達も出来ず、お金はあるけどただそれだけと言うつまらない生活になった。
するとうちに突然親しく接するようになり、表面上は普通の親戚付き合いを続行。

更に時が経って、私達世代も結婚。
本家長男&次男とも、駄目嫁を貰う。家事一切せず日々ごろごろしているニート嫁。
本家(豪邸)に全員寄生。従兄弟達は本家の会社で一応働いているが、実態は穀潰し。
長男の方は子梨、次男は一男一女を儲けた。下の女の子が生まれたお祝いに行った時に、
一応次男夫婦に言った。実家を出て、家族だけで暮らしたら、と。しかしpgrされた。
資産のない奴の妬み乙、って感じで。その後も何度か言ったが、スルーされた。

485: ◆V0yLsqmG.2 2011/11/10(木) 20:24:12.16 0

恋人もいたことないのににカップル板に誤爆しちゃったので再投下。

 私の母は所謂美魔女というやつで、もうすぐ半世紀生きるというのに30代前半に見え、未だにナンパされたりしている。
そんな母と私は正反対で、例えば
・私の顔にニキビが出来た 私「青春の勲章」母「○○ちゃん(私)のニキビが気になって仕方ない、皮膚科行きましょう」
・ファッション 私「やすけりゃOK。」母「サマンサタバサの鞄かわいいから買っちゃった」
・好きな食べ物 私「白米と味噌汁」母「ロコモコ丼とグリーンカレー」
・メールの返事 私「ん」母「わかったよぉ(絵文字とデコメ)」
・容姿 私…父親似 母…近親の中に芸能人がおり、美貌で有名な一家出身の元モデル

668: 名無しさん@HOME 2012/05/11(金) 12:15:36.14 O
私も似たような感じだったけど、
奨学金ももらって、親に仕送りもしてたよ。月に7万ほどというか集られていた。

県外一人暮らしだったし修羅場だったな…

授業料免除はありがたかったよ。

200: 名無しさん@HOME 2012/09/06(木) 00:57:10.70 O
今日、仲良しだった子と友達に戻れてその子と話してて思い出した
長いです

私は小5から中学卒業まで苛められていた
修羅場と言えるものはその五年間にちょこちょこあったが、最大の修羅場について

中二の時、一番苛めがキツイ時期で何度かリスカを試みた
救いは小4で転校していった好きな人と一つ上の友人、ネットの友人二人だった
こんなにも救いがあるなら自分はマシだと言い聞かせ、負けず嫌いもあり時には自分を苛めてくる人間と喧嘩にもなった

ある日、明らかに私を嫌い嫌がらせをする女子(A)と、その子と一緒になって暴言を吐いてきてた元友人(小学校低学年の時に苛められていた事あり)(B)が「話したい事がある」と先生に言って放課後に先生含め四人で話をする事になった
AとBが何を言うのか、まさか謝るつもり?と不安に思いながら聞くと二人が言い出したのは「全て誤解。私達は何もしてない」

日々、すれ違えば死ねと囁かれ、休み時間には大きな声で聞こえるように悪口。一番ショックだったのは、Bが席替えの際に「絶対に○○の近くは嫌だ!」とクラス中に聞こえる声で言った事
Aなんかは何かしらいちゃもんをつけては喧嘩を売ってきて、反論すれば「調子のんなよ」と言い、従えば「さっさと言う事きけよ」と見下し、無視すれば「○○のくせに」と机を蹴ったり

それが全て誤解?
思わず「十回二十回、誤解を招くような事が起きるか、どれだけ聞き間違いが起きるか!言い訳するぐらいならするな、言い訳するなら私なんか無視しろ、傷付けるなら責任を持て、嫌いなら嫌いって言え、誤解で済むわけないだろ、私が許すと思ったのか!」
と泣き叫んだ
先生は誤解で良いじゃないか、これから仲良くしたら良いと言い出し、それにも腹が立った

何よりBは自分も苛められた痛みが分かるくせにしたのが悲しかった


450: 名無しさん@HOME 2012/05/02(水) 16:40:16.86 0
20代半ばで結婚し、妊娠しました。小さなアパートで暮らしていたので 
「子供を育てるならもっと広い所に行かないとね」という話をしていたのですが、 
元夫は何か人ごとというか「うん、そうだね」とは返事をするけど実感がないというか。 
心ここにあらず…と言った感じでおかしいとは思ったのですが、当時は時分のことで手一杯。 
そして病院で出産。実家には兄夫婦と子供がいたので、里帰りはせずアパートに両親と戻りました。 

しかし、元夫がいない。 
夜になっても帰らない、携帯は当時まだあまり普及しておらず、夫も持っていませんでした。 
会社に電話したら「帰宅した」という。夫実家も「え?だって今日赤ちゃんが家に帰る日でしょ? 
うちにいるわけないじゃないですか」という返事。 
事件に巻き込まれた?まさか交通事故?と母と父が警察や親戚に電話するのを 
赤ん坊を抱えて呆然と部屋の真ん中で座ってみていました。 

結局、元夫は失踪していました。 
貯金が全部引き出されていて、元夫が会社で管理していた新幹線の切符が横領されていたことが発覚しました。 
(切符の件は会社側の配慮で私の耳には入らず、後になって夫親から聞かされました。逃走資金だったようです) 
初めての出産、初めての夫家出で呆然…とする暇もなく、とにかく子供を育てないと…ああでもお金がない… 
どうしたらいいの~~と泣く私と赤ん坊の話を聞いた友人達がカンパを募ってくれ、 
更に出産経験のある友人や友人姉が手伝ってくれました。 
両親や親戚にも何度も助けられました。本当に感謝しきれません。 

ここまでが修羅場1。

451: 名無しさん@HOME 2012/05/02(水) 16:41:11.10 0
失踪届を出した後、夫とは離婚をしたのですが、夫親とは交流があり、援助も受けました。 
顔を合わせる度に夫のしたことを謝られましたが、夫親達がしたことでもなく、 
何より当時の自分は生活に必死で他人を恨む暇もありませんでした。 
そしてご夫婦は相次いで亡くなり、元々二人ともあまり体が丈夫ではないときいていたのですが、 
それでも平均寿命よりはるかに早く、息子である元夫の事で抱えた心労が影響したんだろうと思います。 

そして息子が6年生になった日、突然義実家(元夫の妹が婿を取って住んでいる)に元夫が現れました。 
今まですまなかった、と妹さんに土下座し「俺の子供はもう中学生なので、現れても良いと思った」と。 
妹さんも息子を可愛がってくれました。 
「お前の子供はまだ6年生だ。自分の子供の年齢もろくに覚えてない、何が 
「現れても良いと思った」だ。父も母もお前のせいで体をこわして死んだ、お前なんか死ねばいい」 
と元夫をののしり、追い出そうとしたところ、逆上した元夫に殴り蹴られ、 
騒ぎを聞きつけた隣家の方に取り押さえられ、その方々にも怪我を負わせ、元夫は警察のご用となりました。 
妹さんは入院となりましたが「言いたいことを全部言ってやった。後は本当に死んでくれたらいい」 

その関係で話を聞かれましたが、警察の配慮で接触はなく、 
「元夫さんは経済的に困窮しているし、色々追い込まれてる状態です。 
これは形式として聞くのですが、貴女は元夫さんと子供の親なり、親戚なり、友人なりとして 
関わっていくつもりはありますか?」と聞かれました。私はもちろんNOと答えました。 
「それがいいでしょう、いや、私が勝手にそう思っただけですけど」と言われましたよ。 

妹さんからの伝達で、失踪している間は女と一緒だったようです。 
その女の家兼店で生活していたが、その女の店に手配が入り、潰れ、女は逮捕された、 
行くところが無くなり、借金も抱え、実家を頼ったようです。 
「俺にはこの家に関して権利がある。過去に色々したとしても、俺には権利がある」そうです。 
「893かぶれで情けないチンピラだった」そうです。

452: 名無しさん@HOME 2012/05/02(水) 16:42:47.32 0
妹さんは弁護士から「女が出所したらもっと厄介なことになるかもしれません。 
法律でダメだからと、引き下がるような人ばかりじゃないんです」と説得され、 
実家を売り引っ越すことになりました。 
「お互いの為に」住所は教えず、携帯番号とPCのメールアドレスだけを教え、 
会う時も接点のない他県で会うようにしよう、と。 
兄である元夫のしたことを最も恥じていて、親戚の中でも息子に最も愛情を注いでくれた妹さんでした。 
彼女は確かに私の(義理の)妹でした。 
馬鹿な男のせいで入院し、思い出深い土地を逃げるように離れなければならない妹のことを思うと悲しかった。 

その悲しみと同時にもの凄い憎しみが湧いてきました、もちろん元夫に。 
女はどうでも良かったです、私達とは生きる世界の違う人間だったんでしょう。 
妹に対する悲しみや、今まで味わってきた惨めさや苦しみが一気に爆発しました。 
「殺してやろう。苦しめて殺してやる。誰がひと思いに殺してやるか」と本気で考えました。 
元夫が留置されている警察署に包丁5本とロープを持って車で乗り付け、 
さぁ殺す、絶対殺す、苦しめて殺すぞ、と車を降りようとしたとき、 
携帯が点滅しているのに気付き見ると、母からのメール。 
息子の志望している中学校を見学に行く予定についての返信でした。 
「遅くなってごめんね」と書かれているのを見て「両親を犯罪者の親にはできない。 
いやそもそも、私まで犯罪者になったら息子にどう顔向けするんだ」と我に返りました。 
(同時に「あんなクズを殺しても私は犯罪者なのか」ともう一腹立ちしました) 
これが第二の修羅場(一人で)。


971: 名無しさん@HOME 2013/08/06(火) 20:29:34.75 0
1回目の結婚での話だけど。
とにかく私は若かった。
愛があれば何でも乗り越えられると思っていた。
結婚したのは21歳の時。
相手は3つ年上の24歳。結婚した時は7人兄弟の次男だった。
結婚後、9人兄弟の次男になったw
どこかの子沢山番組の奥さんの真似して
「特技・妊娠」なんて言っちゃう明るい義母だったけど
結婚して分かったのはただのアホだった。
義父は一応ちゃんと働くサラリーマンだったけど
やることはやるけど、子育てにはノータッチと言う感じで
いつも部屋の隅で黙って瞑想していた。
週末ごとに元夫の実家に通わされて
その時には前日から土産用の料理を作らされた。
最初のうちは私の料理をみんなが奪い合うようにして
美味しそうに食べてくれるのが嬉しかったけど
体調を崩して作れなかったときに
それでも用意しろと元夫に強要されて
熱もあったので拒否して寝込んでいたら蹴飛ばされたことがあって
それで自分の馬鹿さに目が覚めた。
元夫の実家が貧乏なのは分かってたけど
それは子沢山だからだと思ってた。

463: 名無しさん@HOME 2010/03/31(水) 19:38:08 0
いいスレ発見!!
私の思い出を語らせてください。

自称大の子供好き(絶対嘘。育てやすい子かつ自分の機嫌のいいときでしか可愛がれないタイプ)な小姑がいます。
法事で集まったときも、私や親戚内の乳幼児もちに、上から目線の育児論を大展開。
「こうしなきゃダメ」「そんなんじゃダメ」と、人の育児を否定するのが大好きらしい。
みんなハイハイ聞き流してたんだけど、夫の曾祖母がニコニコしながら
「で、小姑ちゃんの子供はどこだい?ばあちゃんにも抱っこさせとくれ」
と小姑に向かって手を広げた。
小姑、独身(当時30代前半)なんだけどww

周囲に言われてばあちゃんびっくり。
「あれれ、いつの間にどんだけ産んだんだろうってばあちゃん嬉しくなっちゃったのに。
まあ良かった、ばあちゃんまだボケてなかったんだねえ」

ばあちゃんにつられて笑う一同。ただし小姑をのぞく。
で、たったいま小姑が独身だと聞いたばかりなのに
「で、だんなさんはどこだい?小姑ちゃんの子供ならきっとそりゃあ可愛いよぉ。
ばあちゃんもうこんな年なんだから、出し惜しみしないでおくれよ。
(周囲を見渡して)聞いてるかい?だんなさん。頼んだよお」

またも和やかに笑う一同。ただし小姑はのぞく。
(形だけでも笑って流しときゃいいのに、それすらできない光景はかなりイタかった)

あのときのばあちゃんは輝きは今でも忘れません。
あ、小姑はまだ独身です。


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