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33: 名無しさん 2014/04/27(日)23:34:00 ID:???
ちょっと不謹慎ではあるけど・・・。

お祭りごとや楽しいこと、賑やかなこと、綺麗なものが大好きな義母が
ある日、クリスマスイルミネーションで家でもやりたいと言い出した。
実はその時の義母、癌で余命宣告を受けていて
家族で過ごす最後のクリスマスだと思っていたらしく
一度でいいから自分の家もテレビや雑誌で紹介されていたような
綺麗なイルミネーションで飾って、素敵なクリスマスの思い出を作りたいと。
それで私や夫や娘たちがカタログを貰ってきて義母が気に入ったものを買い求め、
ご近所さんの中でも断トツに素敵に飾ったんだ。
そしてイヴ当日には大きなMerryChristmas!の文字を飾る予定で
義母はワクワクワクワクしてた。
ところが、イブの日、隣家のご主人が急死した。
白黒幕におおわれた隣家の隣でイルミネーションをというわけにはいかない。
残念だけど仕方がない。
義母はあっさり気持ちを切り替えて片付けを始めた。
そして義母は次のクリスマスを迎えることはなかった。
毎年クリスマスイルミネーションを見る度に義母のことを思い出してしまう。


38: 名無しさん 2014/04/28(月)14:52:43 ID:???
中学の時に仲良くなった子に家に誘われて遊びに行った時
友人が長女一番下が3歳の計7人姉弟とは聞いていたけど、汚部屋というか「片付いてない部屋」
そこに気軽に誘う友人にも驚いた
リビングで話してて、しょうがないんだけど弟妹たちが入り乱れてカオス
テレビのチャンネル争いに始まり、おもちゃの投げ合いに発展し、私達が持ってきたお菓子を見つけて
一言も言わずに袋ごと持って行ってまた取り合いのケンカが始まりの繰り返し
友人はごめんねー!と言いながら洗濯物をたたむので、私達も話しながらたたむの手伝ったw
弟妹多いから貧乏なんだと話してたけど、みんな500mlペットボトルジュース飲んでるし…
そのうち夕方になり、保育所に弟を迎えに行かないとと言うのでそのままお暇したんだけど衝撃だった

後日談
のちに話聞いてみたら色々と更に衝撃的だった
・私達がお邪魔した時、お母さんは2階で寝てた。専業主婦だけど「疲れたから」とあの時間は必ず昼寝。
・その時間2階で遊ぶと怒られるので弟妹は1階にいた+友人が保育所行く
・毎日全員の洗濯するのは友人。何度も回すから最後だけは母が干してくれるけど取り込み畳むのは友人
・母は朝が弱く、みんな学校に行く時間は寝てるから朝ごはん用意するのも友人
素でお母さん何してるの?と聞いたら、掃除もしてるし夕飯も大体作ってくれるよと。
大体って…当時子供なので更にずけずけkwsk聞いたところ
・月水金の夕飯はカップ麺(その時用意してお湯沸かすのは友人)
・火木土は作ってくれると言うけど聞いたらほぼ売られてる惣菜。日曜は外食
・カップ麺多くない?と聞いたら、火木土にそのカップ麺の器を使って夕飯食べる
→えっ?!食器じゃないの?→みんなは違うの?と逆に驚かれたよ…
お母さん洗い物大嫌いだし、忙しいからそんな暇無いっていうから食器はほとんどないとか
・朝ごはんは何に入れてるの?→それは私が作って洗うから大丈夫
(友人がまだ小さい時は、食パンやテーブルロール袋ごと渡されるだけだった)
・弟妹ちゃんたち500mlペットボトル持ってたけど、あれにも毎回ジュース入れてるの?
→その都度買ってくる。一日2~3本消費。しかもコンビニの方が近いからとコンビニで。
・2リットルの方が安いじゃん!→お母さん洗い物がry自分で洗うって言ったけど、昼間洗えないでしょ!と

「お母さんは忙しいから」って言うけど、それ聞いてたら何が忙しいのかわかんない
毎日ペットボトルのゴミだってすごいだろうし、ごはんもお茶も普通に作った方が安いよ!
と友人と思わず言ったら、えっ?と驚いた顔してそのまま黙ってしまった
掃除してるって言ってたけど、正直ホコリもたまってたし空ペットボトルもそこらに放置だったし

その後友人は、母親が捨てたレシート全部拾い上げてこっそり簡易家計簿をつけ
(そもそもレシート受け取ってないのも多いので、その時は買ったものの写真撮ったそう)
気が弱い父親に直談判し、父親も母親に頭が上がらないため両祖父母に全部打ち明けて
家計簿コピーして実情も事細かに書いて送りつけたそうだw
祖父母も子供多くて大変だろうとたくさん送金してくれてたけど使い込んでたとか何とか
結局高校に行くぐらいの時に離婚したと報告してくれた。
弟妹は下2人は母、友人含め5人が父に着いていき「家事は全部私だけど今のほうがラクだ」と笑ってた

656: 名無しさん 2014/04/27(日)23:51:04 ID:qDHIfUEbJ
俺の父親は姉1.2と父親の三人姉弟の末っ子長男で俺は一人っ子
両親は俺が18の時離婚、原因は母に対する同居していた父方祖父母の嫁いびりに20年我慢したのが限界を迎え、体調壊したと同時に母方祖父母が呼び戻した感じ
父もそんな爺婆に愛想尽かして、追い出し(家は独身時代の父が建てた)姉2のとこへ住まわせた
姉1は飛行機の距離に住んでるだけでなく、三人姉弟が皆超絶険悪なので連絡先を知らなかった
婆は姉2だけが可愛くて、孫もそっちばかりを可愛がり、俺は他人扱いだったから、婆としては幸せだったかもしれん
で何年か経ち爺が死んで翌年婆も後を追うかの様に死んだ
正直どちらの死も俺はちっとも悲しくなかったけど、別居してるとは言え、長男の長男が葬式に出ないのもなってんで、参列した
両親が離婚した際、爺と両親の間で、家の財産は全て俺に相続させる(まぁそもそも家も土地も父名義だったけど)という念書?を書き、大切に金庫にしまわれた
爺が死んだ当日、父が金庫からそれをだそうと思ったら、なくなってる
慌てて婆に問い詰めると、あんな奴に相続させるなんてとんでもない!と開き直ったそうだ
父もブチギレ、てめーなんざ本気で親でも無きゃ子でもねぇ!となったそうだ

665: 名無しさん 2014/04/28(月)15:15:35 ID:iepCX9eIu

中学のときの音楽の教師が最悪だった。

中学のとき、校内の合唱コンクールがあったんだが、学年ごとにどこか1クラスが優勝が決まるものだった。
それ以外に選抜合唱グループというものがあり、クラスから数人選ばれ3学年混ざって高等な合唱を披露するというやつだった。
私は2年のときにそれに選ばれた。選ばれた理由はよくわからない。私は音痴だし声量が無いし、何故選ばれたのかは未だに謎。
選抜グループに選ばれた生徒は昼休みや放課後、夏休みもひたすら練習だった。
地味だった私は派手なやつらが群がるこの時間がいやで仕方が無かった。
なによりもDQNなやつらより嫌だったのが、選抜グループをまとめあげる音楽教師(女)。
こいつは見た目がポケモンのブニャット(わからなかったらググってください)そっくりでDQN贔屓、地味には冷たく当たる奴。
私は声もかけられないし、恐らくこの時点では名前も覚えられてなかった。選抜しているのはこの教師のはずなんだけどね。
なぜか私はパートリーダーに抜擢され(アルトに選ばれた)アルトのメロディラインを電子ピアノで弾いてみんなで練習しろと言われた。
私はピアノの経験も無いし楽譜も読めない。さすがのDQNも私の味方についてくれ、教師に抗議したが「甘えんな!」の一言。
楽譜が読めないんじゃ手も足も出ない。結局はパートリーダーを別の子に変わってもらった。

569: 名無しさん 2014/04/23(水)11:40:36 ID:NUJd8FSkp
批判覚悟です。

夫の職場に子供がいる女性が多くて、子供が熱出したとか、学校の何とかでよく早退するんだけどそのしわ寄せは私の夫に行き、帰宅が遅くなる。
私は小梨の専業だし、子持ちで働いてる女性は立派だと思うけど何かおかしいと思うんだよ。
社会全体で子育てっていうけど、どうしてその子持ち主婦の夫は協力しないの?なんで子供の父親は苦労しなくて私の夫が苦労するの?
子供のかわいさに癒されることもなく、他人の仕事の尻拭いだよ?
子供が熱出たから迎えに行きます、て男の人もやってくれないと、いつまでたってもこれだから女はダメだって言われるじゃん。私の夫ももう女は職場に増えて欲しくないって言ってるよ。私もそう思っちゃうよ。なんなの?なんで夫に頼まないの?
社会が悪いの?
もうわかんないよ!

19: 名無しさん 2014/04/24(木)08:43:09 ID:???
ほのぼのした衝撃話。ちょっとオカルトw

大正生まれの祖母はとある旧家のお嬢様だった。
が、名はあるけどお金がない典型的な没落華族の出身で
一回り以上も年上の成金の息子と大人の事情で結婚。
昔の写真を見せて貰ったことあるけど、それはもう美人さんだった祖母は
好きな人もいたらしいし、モテモテだったという本人談も頷けるほど。
対する祖父の方は当時でも低身長の痩せ細ったしょぼくれ男だったけど
祖母に一目惚れで結婚して、死ぬまでその気持ちは変わらなかったらしい。
祖父が死んだのは私がまだ小さい頃だったけど、
私の記憶の中にある祖父はいつもニコニコしてて
よく肩車して野球観戦に連れて行ってくれた大好きなおじいちゃんだった。
祖母の方は逆に気位が高くて、難しい人だった。
父は長男なんだけど、祖母が嫁になる女性を吟味に吟味を重ねてるうちに
勝手に恋愛結婚してしまったものだから、うちの母はずいぶん虐められた。
その姿を物心ついた時から見て育ったので
祖父のことは好きだったけど、祖母は大嫌いだった。
だけど祖母は機嫌のいいときは母を虐めることもなかったので
なるべく祖母の部屋に行って三味線を聞いてあげたり
一緒にテレビを見ながらおしゃべりに付き合ったりしてた。
“いい孫”ではなく、母の為にそうやってた。
祖母には友達がいなかったから。

その祖母がよく話していたんだけど、祖母の部屋によく死んだ祖父が現れたらしい。
「おじいちゃん、おばあちゃんのこと大好きだったから
 死んでも会いたいんじゃないの?」
なんて言うと、どうもこのおじいちゃんの霊、完全な形で現れないらしい。
箪笥の陰から半身だけだったり、天井から上半身だけだったり
常に身体の半分だけ出てきたらしいんだな。
で、祖母はいつも
「ああいう中途半端なところが好かんかった。
 出るなら出る、出ないなら出ない、はっきりさせんかい」
と怒ってた。(まぁ半信半疑だったけど)
その祖母が95歳で大往生して数日後の夜。
なんとなく寝付けなくて布団の中で寝返りうって逆方向に横向きになったら
目先の畳から肩から上だけ祖父が現れた。
怖いっていう感覚はなくて「あ、おじいちゃん・・・」って感じ。
記憶の中と変わらない笑顔でこちらをしばらく見ていたが
「ばあさんのこと、ありがとな」と言ってフッと消えた。
正直ウトウトしかけてたような気もするから夢だったのかもしれんが、
祖母が言ってた通りだと思うとなんか笑っちゃった。

9: 名無しさん 2014/04/24(木)16:47:50 ID:nOfPEGiMZ
「友人の」父親のエピソードだけどいいかな

友人の弟は、大学卒業してから定職につかずバイトしてお金たまったら
ふらりと旅に出て、お金なくなったらその地で住み込み等でまた働いてたまったら旅に出る
という浮世暮らしというのだろうか、そういう生活をしていたそうだ
今どこにいるかも全然連絡来ないので、家族としては残された通帳を記帳して
「あっA市支店!今ここにいるんだ」「次はB県に行ったよ!」と推理を繰り広げていたとw
ある時、半年以上と長いこととどまっていた場所があったらしい
「弟、ここが気に入ったのかな」と話していたら、その土地の名物を実家に送ってきた
伝票にはアパート名が書いてあり、定住していることを知った。
友人家から新幹線一駅+在来線1時間弱くらいの比較的近場で、それなら帰ってくればいいのに!
と思っていたら、友人の父ちゃんは思いたって普通電車乗り継いで朝から弟に会いに行った
アパートに着いたけど弟不在。大家さんに事情を話して部屋に入れてもらったら
朝食食べたあと、洗濯物半分干した状態で出かけていたので「これはすぐ帰ってくる!」とふんで
父ちゃん弟脅かそう!と思って押入れに入ってずっと弟の帰りを待っていたらしいw

しかし夕方まで待っても帰って来ず、しょうがなく残りの洗濯を干して帰ってきたそうだ

460: 名無しさん 2014/04/25(金)10:30:07 ID:gzdsSPhwY
昔話です。
結構な田舎に住んでて、鍵かけない家が多かったり、隣との境界に塀がなかったりそんな感じでした。
かなり広い平屋で、トイレもボットンで、お風呂は家から突き出るように増築されていて外から薪で沸かしていました。

中学生になったばかりの頃、トイレやお風呂を覗かれた事がありました。
その頃は何故かそれを親に告げるのが恥ずかしく、短い悲鳴を上げて逃げられたあとは何もしませんでした。
すると覗き男は調子に乗って何度も繰り返しました。(といっても月2-3回位です。)
覗かれてるのが分かったら水をかけたり小窓を閉めたりしてました。
覗きに使った足台を隠したり電気を消してお風呂に入ったりしましたが、足台は見つけられて使われ、暗いお風呂は逆に怖くて結局電気をつけてしまいました。

内気な私はなぜかお風呂の小窓の外の足台を置いていた地面に穴を掘り、柔らかい土で埋めてその上に近くの地面の板状になった表土?を置きました。
足台の方もカナヅチで叩いて弱らせて近くに隠しました。
一週間位して覗き男はまんまとその場所に足台を置き、どうやらアレを出してからその上にあがり、見事ずっこけました。
近くにたまたまあった薪割りの台に頭をぶつけてのびてたところを用意していた竹刀でバシバシ叩きました。
トイレに来た父が何事かと見に来て裸にバスタオル巻いただけの私をとめました。
覗き男と分かり父も怒りましたが、顔面と股間を竹刀で叩かれまくった男に同情したのか手は出しませんでした。
発育のよかった私のお尻を撫でた親族を絞め殺す勢いで羽交い締めにしてた父でしたが・・・。

どこの誰かわからず警察につきだしましたが、隣組にあたる比較的新しい住人の息子でした。
といっても20代でしたが・・・。よそで下着泥もしていたそうです。
うちはケガをさせてしまったこともあり示談にしましたが、その後覗き男家族は引っ越しました。家は売ったようです。
薪割り台に立ててた手斧?に覗き男があたってたらやばかったかもしれません。
父は相談しなかった事を怒ったあと、「よく竹刀にしてくれた」と言いました。
さすがに手斧は思いつきませんでしたが、竹刀を用意してなかったらその場で手にとったかもしれません。
ちなみに竹刀でも顔と股間からは血が出てました。もしかしたら股間の方は鼻血が付いただけかもしれませんが。
血塗られた竹刀は捨てました。別に誰も使ってなかったので。

その後、父は塀を作り覗きが出来ないように改装してくれました。


90: 名無しさん 2014/04/24(木)21:07:05 ID:???
昔の話になるけど

高校の時の美術教師が嫌いだった。些細なことなんだけど私だけ名前で呼ぼうとしてくれなかったから。
私以外に美術の授業をとってたのは全員男子だったんだけどその子達のことは
「○○くん」「××くん」ときちんと名前で呼ぶのに
私は「女子はあなたしかいないから分かるでしょw(マジでこう言った)」という理由で
そのまま「おい、女子!」って呼ばれてた。
もやっとするのを飲み込んで「先生ー私女子なんて名前じゃないですよーw」と冗談めかして抗議しても
「は?前言ったよね?w女子は(ry」と返されて相手にされなかった。
名前がない扱いもさすがに半年近く続くと堪えたので担任に相談した。
その後は治まりはしたけど今度は代わりに毎回「私田ー、私子さぁん!!」みたいな感じに進化した。何だったんだアレ。

あのババア何か一年でいなくなったからよかったけど好きだった美術が嫌いになりそうだったって話


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