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176名無しさん@HOME 2014/04/17(木) 21:55:31.49 0
毒親スレ案件かもだが
母親からネグレクト食らってて、5歳時の頃餓死寸前に追い込まれたのが修羅場だった
父親が長期出張に行った隙に彼氏のところに出て行った母親、社宅に残されたのは5歳の俺と3歳の妹
お菓子とかそれなりに食べる物はあったが、5歳の俺はなぜか全部妹に与えて自分は我慢
記憶を辿ってみると母親から食事を貰えないまま放置された事はこれ以前にもあり、無意識に妹を守ろうと考えたんだと思う
結局3日程して、登園してこない俺を不審に思った(ひょっとしたら虐待に気付いていたのかも)幼稚園の先生によって発見されて一命を取り留めた
母親の帰宅はその数日後だったらしい、父親は先生から連絡をもらって即帰宅してくれた
あの時食べたおかゆ以上の美味に出会ったことはない

この件が原因で両親は離婚、妹はなぜか母親についていくことを選択
十年程して偶然会ったら、見事に母親のコピーになってた
父親はこの件以降過剰に子煩悩っぽくなった、罪悪感とかあったのかもしれない
多分発見直前の心境が最高に修羅場だったんだろうと思う話
大した事ない話でスレ汚しスマン


590名無し@話し合い中 2006/09/21(木) 12:45:37
叔母夫婦と従姉妹(父親の妹夫婦とその娘)が実家に来るというので
俺も嫁、息子と一緒に実家に行った。
実家に着いてリビングに入った途端、母親が
「そういう服は、私は好きじゃない。クマだのウサギだのついている服は良くないね」と、
息子の服を見て言い出した。
「これ、私が出産祝いでプレゼントした服だよね?」と従姉妹が言って
リビングはシーンとなった。

嫁が仕組んだんだろうか…


643おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2014/04/19(土) 23:47:05.16 ID:YiwiuJdN.net
10年ほど前のこと。
当時全寮制の学校にいて、外出許可でバイトに行って20時頃に帰寮のために夜道を自転車で走っていた。
寮は少し丘の住宅街にあって、登りを必死にこいでいたら突然横から人が出て来て自転車を蹴られて倒れた。
スピードは遅かったけど結構な衝撃で動けずにいたらがばっ!とのしかかられて押さえ込まれた。
痴漢だ!ってすぐわかったけど全然声がでなくて、助けを呼ぶ声じゃなく抵抗の声しか出せずやだ、やめて、いやだしか言えず…
ハアハアされてそうこうしてたらあっという間に離れてポツンと置き去りにされた。
しばらく呆然としていたけどあまりのショックと体の痛み、ジーンズのアレと思われる汚れにも気づいてそのまま泣き出してしまった。
腰が抜けて立ち上がれなかったのもある…

そしたら、少し離れたところから犬をつれた老夫婦が駆け寄って来てどうしたの!?と声をかけてくれ、痴漢…自転車倒されて…とボロボロ泣きながら説明を。
するとおじいさんが奥さんに「そこの家に電話借りて通報しろ!君は待ってろ!心配ない!」といって「○○号!行くぞ!」と走り出した。


39 恋人は名無しさん 投稿日:2012/07/18(水) 12:10:54.28 ID:qPaie/CKO
彼氏と同棲するようになってから家事を彼氏の母親と比較されるようになった。
「母さんならこうするのに」
「うちでは髪の毛一本落ちてないかったな」
小姑のような嫌味ったらしい口調で棚や引き出しをあけて確かめる彼氏。

彼氏の稼ぎで暮らしてたので調子にのったんだろう。
遊園地にいくと決めた日に彼氏の実家に連れてかれ、
「母さんに家事教えてもらえ」
ポカンとしてると「ほら何やってんだ頭下げろって」と背中を強めに叩かれた。
「何の話?意味がわからない」とおたおたしてたが、
叩かれたのが痛くて彼氏を怒鳴り付けて弁当箱で殴りまくった。


鬱憤たまってたのと騙されたのと、
自分でも感情抑えきれなくて泣きながら頭突きした。
普段大人しい私が暴れだしたことにびびった彼氏は、
「ちょwちょっと落ち着けって!」と半笑い。
彼氏のお母さんはドン引きしてた。
彼氏の実家に引きずり込まれそうになったが、
近所の人に助けを求めてタクシーで帰った。

業者に頼み荷物をまとめあげてる最中に彼氏が帰ってきてやめさせようとしてきたが無視。
「俺の家だぞ!」と怒鳴る彼氏。
このマンションは私のですよ。
家賃払ってないから忘れてたのかもしれないが、私が家主(というか大家)だってのに。


200: 名無しさん@おーけーちゃんねる 2014-05-12 07:59:09
嫁が俺の地元をdisって皮肉を言ってくるから、皮肉返ししたら夫婦間がぎくしゃくしだした。
ちょい愚痴らせて。

俺の地元は新潟県新潟市。
嫁は東京産まれの世田谷育ち。現在も都内の賃貸マンションに2人ぐらし中。
嫁は相当世田谷育ちを誇りに思っているらしく
ちょくちょく、俺の地元をばかにする。


年に2回、実家に帰れば駅につくなり
「わ~なんもな~いwww」
車で走れば「すご~い、畑ばっかww」「高いビルがないんだね~ww」
「コンビニの駐車場、無駄にでか~いww」
とか小馬鹿にしてくるんだよな。

それでも酒と魚、米の美味しさには毎回満足いくまで嗜み、
俺の母親の作った料理を腹いっぱい食べてるのがムカつく。
山にドライブ行っても「小さい頃は駒沢公園くらいしか近くになかったもん~~」
食事中も「新潟は土地広いですもんね~www私も実家みたいな都心じゃなくて、こういう自然いっぱいの田舎で生まれたかった~www」

絶対ウソだろ。俺は知ってるぞ。
俺の両親は騙されてニコニコ聞いてるが俺は騙されん。
普段お前がどれだけ新潟をバカにしているか。
俺の地元の小学校が廃校になった記事を見て「あなたの地元いよいよやばくない~??ww」とニヤニヤ言ってきた顔を俺は忘れん。

11名無しさん@HOME+ 2014/05/16(金) 22:07:32 ID:
妊娠がきっかけで結婚した旦那。

結婚する気なんて毛頭なかった。
家に私物を置かれるのが気持ち悪くて、洗面用具すら見えないところに収納した。
夜道は危ないと仕事帰りに待たれるのがうっとおしくて素通りすると、さりげなく鞄を持って車道側を歩いてくれた。
本当に罰があたるほど冷たく接していたと思う。

そんなある日、妊娠がわかった。
日頃から子どもをほしがってた奴は連日、涙を流して喜んだ。
一方の私は他人事のようだった。
不妊症と診断されていたせいもあるかもしれない。


超特急で結婚の話が進み、
妊娠もすごいスピードで進んでいく。
奴から今すぐにでも辞めてほしいと懇願された仕事は、男性もくたびれる程のハードな営業職。
それでも他人事気分は抜けず、無視して仕事は続けた。

そして迎えたツワリ期。
今までの罰か、本当に壮絶な日々。
接待で限界まで飲まされた後に長い長い夜中のトンネルをひたすら歩かされてる感じ。
神様は見てるんだなあと思った。
でも意地でも仕事は休めない。
一日中吐いて、夜は吐き気と胃の痛みで眠れず、のたうちまわる私を後ろから抱きしめて旦那が言った。

「ありがとう。」
「いつも、一生懸命、育ててくれてありがとう。」
「人を1人育ててるんだよ。すごいことだよ。感謝してる。」
「俺はこうすることしかできないけど、自分の身体のことだけ考えてゆっくりしてくれたらいいから。」
「本当にありがとう。愛してる。」

一瞬、嘘みたいにツワリが軽くなって、思わず涙がこぼれた。
この人は神かと思った。
不本意とは言わないまでも、どこか他人事で素っ気ない妊婦をしていた私に、こんなに綺麗な言葉をかけてもらえるなんて。
この言葉がきっかけで、私は母親になれたし、妻になれた。
まだまだツワリは終わらないし出産もこれからだけど、一生この人とこの子のために生きようと思った。

毎朝、毎晩、手料理をほめて食べてくれるあなた。今日もあなたの帰りが待ち遠しいです。
今週もお勤め、お疲れ様です。

67 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2013/02/21(木) 01:24:49.28
初めてこのすれに書き込む

俺は×1で嫁と結婚した
元嫁との間には息子と娘がいた
離婚理由は元嫁の浮気 だが親権は元嫁に行った
元嫁は間男と結婚し、子供達はそこで暮らしていた
子供達とはたまに会えたが、子供達も今の間男が一応父親のため、あまり親子の感じはしなかった

嫁も子供も間に奪われ、死んでしまいたくなって無気力に生きていた俺が現嫁と出会い
数年後に結婚
子供を作ったらまた逃げられるような気がして数年作らなかったが
気持ちも癒えてきたので子供を作った
今嫁との子供はかわいい。今嫁は子供が出来ても、俺を捨てなかった
これから、頑張ってこの子を育てようと思っていた矢先、元嫁夫婦が事故で死んだ


733名無しさん@HOME 2014/04/23(水) 17:43:28.60 0
弟嫁が不妊治療中。
私はもう小学生の子供がいて実家超近距離に住んでいる。
弟嫁が私の子供を見るのが辛いと言うので弟夫婦が実家に来る時は実家に行かない様にしていた。
昨日子供の家庭訪問があって、先生が帰った後にいきなりスマホ構えた弟嫁が我が家に乱入してきた。
さっきの男はどこ?とか、あんたの子供旦那さんの子供じゃないんでしょ!
とか叫びながら家中を探し回っていて、私は突然の事に驚いて何もできなかった。


誰もいないとわかると、(子供は友達の家へ遊びに行っていた)
「男をどこへ逃がした!このアバズレ!」みたいな事を言われたので、
先程の来客は子供の担任で家庭訪問だったことを伝えると、
「子供がいることじまんしないでよー!!!」って言って出て行ってしまった。
実母に連絡してみると、嵐の様に荷物まとめて帰って行ったそうだ。

その夜弟に連絡をとって事の次第を伝えたら謝られ、最近精神的に不安定だったそうで
帰宅してみたら部屋に閉じこもっていたのでどうしたものかと思っていたそう。
その後弟が何とか弟嫁と話し合い、今日弟嫁から謝罪の電話を貰った。
あ、鍵は実家にあったものを持ち出したらしい。担任が来たのは実家の窓から見えたそうだ。
電話の様子からは反省も感じられたけど、しばらくはこちらには来ないで欲しいと弟に伝えた。

416名無しさん@HOME 2009/04/28(火) 18:30:05 0
4年前のGW前、母が事故にあい意識不明の重体になった。
私は妊娠を理由にお見舞いすら行くなとトメに言われていて、
それをぶっちぎって駆け付けた。
戻ってきたらトメに開口一番「子供より母親が大事なんてなんて人かしらね!」と罵られ、
それでもお腹の子には負担だろうという気も確かにあったので黙った。


それに調子に乗ったトメは1日中文句を言い続け、
夜、「まあでも死ぬならGWは避けてほしいわ。混んでるだろうし。
あ、でもどうせどこにも行く予定ないし、GWの方がいいかしらね。
旅行がてら車で足伸ばしても。
まあどっちにしても入院費がかかっちゃうし、そしたらあなたの取り分も減っちゃうから
出来るだけ早い方がいいわよね。
慰謝料とか請求したって、何カ月もかかるんでしょ?
あ、でもあなたは行っちゃダメよ。連れてかれるわよ」
これで切れて切れて切れまくった!
トメにビンタかまして「お前が死ねしねしね!!」と叫びながら殴る蹴るした。
トメは「嫁子が狂った!」と逃げ出し、近所のババァ連れて戻ってきた。
二人でいびり倒すつもりだったんだと思う。
でもそこに居たのは痛みだしたおなか抱えて苦しみながら泣く私。

近所のババァに「こんな事言われて!急にお腹が!」と泣き付き
トメよりは理性の残っていたババァに乗せられて産院へ行き入院。
出張先から慌てて戻ってきた夫に泣きながら事情を話し、
退院する頃には別居になってた。
トメは最後まで「わざわざ遠くまでお見舞いに行くからこんな事になった!」とわめいてたけど無視。
最後トメに「あなたの葬式には出ません。今後お会いする事もありません。
子供にはお婆ちゃんは死んだといいます」と宣言してきた。
トメはそんなのダメよ!とかわめいていて、私は先に車に乗り込み、15分くらいしてから夫が来た。
トメは泣きじゃくっていて「ごめんなさい!」とか言ってた。
結局母は全快し、トメは去年孫の顔見ずに亡くなった。
それでも宣言通り、葬式には出なかった。
ざまあみろって思っちゃう私はDQN。

1名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)01:46:56 ID:lETB00LpH
ここで懺悔したい
書き溜めはないけど、書かせて

8名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)01:48:08 ID:lETB00LpH
スペック 
私 29
旦那 31
結婚3年目 子供は無し


17名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)01:51:45 ID:lETB00LpH
夫は結構大きな会社に勤めてるサラリーマン
高校時代から優秀で、同じ高校なのに
私じゃ2浪しても入れないような大学に入って、今の会社に入った。
私と夫は高校時代から知り合いではあったんだけれど、付き合い始めたのは成人式の後の同窓会がきっかけで、6年付き合って(途中1年だけ別れてたけど復縁して)そのまま結婚した。


23
名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)01:54:58 ID:lETB00LpH
夫付き合い当初から本当に優しい人で、私がどんなわがままを言っても、
なんでも怒らず受け止めてくれるような人だった。
多少繊細なところを除けば、本当に完璧な人っだった。
私とキッチンで並んで料理を作ったり、お皿を洗うのが好きで、疲れてるのにも関わらず家事も結構やってくれていた。
36名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)01:57:58 ID:lETB00LpH
そんな中、去年、夫が昇進した。
結構責任の重い役職に就いたみたいで、帰りも遅くなったり、一緒に晩御飯を食べる機会も減ってきた。
相変わらず笑顔の絶やさない態度でいてくれてはいたけれど、目に見えて疲れているのがわかった。

42名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)02:00:37 ID:lETB00LpH
そんな夫を支えたくて私もなにかできることはないかなと思って、夫に聞いてみた。
何か私にして欲しいことはないかって。
夫の答えは「大丈夫だからいつもどおりでいいよ」だった。
距離を感じた。
この人は私がいなくてもやっていけるんじゃないか、だとか
私は足でまといなんじゃないか、と思った。

50名無しさん@おーぷん 2014/05/02(金)02:04:22 ID:lETB00LpH
忙しくなるにつれ夜の方も減ってきた。
私はもともとそういうのはあまり好きじゃない方だと思っていたんだけれど、
年齢を重ねるにつれそうでもなくなってきたこともあって、月に1回というペースに不満がでてきていた(昇進前は5、6回あった)。
そういういろいろな出来事が重なって、夫に不満を持つようになった。
というか、夫を男として見れなくなっていた。まるで父親のようだった



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