DV

42: 名無しさん@HOME 2013/03/26(火) 18:33:14.10 0
もう離婚してるけど書いてもいいかな?

43: 名無しさん@HOME 2013/03/26(火) 18:33:51.76 0
どぞー

46: 名無しさん@HOME 2013/03/26(火) 19:38:53.43 0
「無理して出資しなくても、どちらの祖父母が好かれているかはわかりますよね? 
娘は運動が得意ですから、今度運動会見に来てくださいよ」 

元トメ「でも◯ちゃん(私)の親も来るんでしょ?」 

「当たり前じゃないですか。私の両親と合わせる顔がないから来たくないんですか?」 

元トメ「そんなんじゃないわよ!そもそもなんで離婚したのよ!うちの◯◯ちゃん(元旦)が 
何したって言うのよ!あんたの我慢が足りな 

「は?聞いていないんですか?浮気と暴力ですよ。 
我慢が足りないから妻子がいる身分で他所様のお嬢様に手を出したり、話し合えば解決する事でも 
蹴り飛ばしてお終いにするんじゃないですか? 
私はお宅様のように、子育てに失敗したくありませんから」 


ギャーギャー騒いでたからここで電話切ったけど、これ以来義実家に娘は 
顔出してないからざまあとしか言いようがない。 
娘には元旦の悪口は言ってないけど、会いたがらないんだよな。 
この会話の内容は誰にも言ってないし、娘が聞き耳立てられる時間帯じゃなかった。 


個人的にはスカだったから、物足りなかったらごめん。 



39: 名無しの心子知らず 2013/12/29(日) 15:33:41.05 ID:W/aPxvYV
マイコプラズマで朝から寝込んでて、俺が子どもみるからゆっくりしてって言われたし寝てたら、二歳の息子の泣き叫ぶ声で目が覚めた。
そして、パシッパシッ、ぎゃーーって感じの音がして、まさか‥と思って見にいくと旦那がご飯食べないからって息子の顔真っ赤になるぐらい叩いてた。
理由聞いたら「お前が普段優しくするから食べないんや。こうやってわからせるために叩く。二歳だからとか関係ない」って言われて、頭が真っ白になりました。
息子の腫れ上がった頬っぺたと怯えて震え泣いてる声にもう、言葉が出なかった。
普段は誰にでも優しい、感情をあまり出す人じゃないだけに、余計この人怖いって思ってしまった。
年末年始は実家に帰りたい。義母にも相談した方がいいのだろうか。誰にも言わないほうがいいのかな。もうわからない。


72: おさかなくわえた名無しさん 2013/12/11(水) 01:19:59.40 ID:0NsW7sHb
家族からモラハラを受けてた
まず言われた通りにすると怒られる、しなくても怒られる
例えば部屋を掃除しろと言われてやったら勝手にものを動かしたと怒る
洗濯物を取り込めと言われて畳んでしまったらそこまでやれとは言ってないと怒る
次は取り込むだけにしてみれば、どうして畳んでしまわないのかと怒る
そして食べ方が汚いから綺麗になるまでは一緒の食卓には座らせられないと
1人だけ台所の隅の別のテーブルで食事させられる
こぼさず残さず食べても、必ずどうしてこんなに汚く食べるのかと怒られる
風呂に入れば水を使いすぎると怒られ、寝れば布団にシワが寄っていると怒られ
一つ一つ挙げるときりがないが、生活の全てがこんな調子
両親と弟との4人家族だったんだが、標的は常に自分だけだった
両親には「何一つまともにできないクズ」と蔑まれ続け
弟もそれに倣って俺を嘲笑った
肉体的な暴力は一切なかったし
父親は社会的地位が高い職業で信用もあったから
自分がそんな扱いを受けていることは家族以外誰も知らなかったと思う


266: おさかなくわえた名無しさん 2013/06/05(水) 16:11:45.32 ID:xjVWgE81
もう五年前くらいの出来事、当時私は高校生だった。
向かいには私よりひとつ下の女の子A子がいる家があって、家族ぐるみで仲が良かった。
幼い頃から一緒だったし、姉妹みたいなもんだったと思う。
私が中学時代に同級生に苛められた時も、A子は毎日校門の前で待っててくれて一緒に帰ってくれたり、
心が優しくて、苛められっ子の先輩と一緒にいるなんて恥ずかしいなんてチラとも考えない子だった。
で、そのA子の父母は、私が小学校の頃から仲が悪くてA父は絵に描いたようなDV夫だった。
A母はよくうちの裏の庭に逃げてきてて、ある夏はひまわり花壇の真ん中で血だらけで号泣してたりしてた。
高校に上がると私は公立校、家が裕福だったA子は少し遠方の女子校へと通った。
高校は勉強がすごく厳しくて、塾にも通いはじめたのでA子とはあまり会えない日がつづいたある夜、
家の前の道からギャー!と叫び声が聞こえて、出てみるとA母がまた血だらけで走ってて、
その後ろをA父が「どうしたんだ?落ち着けよー」と笑いながら追いかけていた。
ものすごく怖くて私は腰を抜かしてたんだけど、うちの父がA父を殴り飛ばして、A母をうちに引きずり込んだ。
その後のことは私は詳しく聞かされてないけど、一週間後くらいにA子が私の高校の校門に立っていた。
「これからお母さんと東京に逃げる」って言って、制服に登山用のリュックを背負ってた。
「お母さんとの約束で、連絡先は◯ちゃん(私)にも教えられない。大好きだったよ、お姉ちゃん。」って言って、
校門でぎゅっと抱きしめられた。
小学校くらいまではA子は私をお姉ちゃんって呼んでた。
それから、A子からは連絡もなかったし、私もA子の話はしなかった。
A父はいまだ家の前に住んでる。
今でもA子の名前で時々ぐぐってしまう。写真は別に取ってて、たまに引っ張りだして見ては泣いてしまう。
どの瞬間が修羅場だったとは言えないけど、A子にまつわる一連が私にはすごく修羅場だった。
あの時、校門でじっと待ってたA子の姿は一生忘れられないし、私が死ぬときも思い出すような気がしてる。



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