衝撃の事件

538: 1/4 2010/09/06(月) 06:47:19 0

エネとは少し違うし長いので、叩かれない間にこっそり書き込み。
出てくる関係者にはすべて元がつきます。
夫とは見合い結婚。
条件も良いし、こちらにも彼はいない時期。
何度か会う間に、話は合うし、誠実でクソのつくほど
真面目でウブな性格が気に入って、
とんとん拍子に話が進んで結婚した。

交際中はキス止まり、新婚旅行中も抱き合って
寝ることはあっても最後まで致らない。
で、それとなく夫を誘ってみた。
結果から言うと、夫婦関係ができないわけじゃなかったが、
最後まではムリ、どうやっても終わらない。

それからまる2年、回数がかなり少ないし、
子供はできなかった。
その間、義実家からは孫催促がきつく、
最初こそ夫は諌めてくれたが
徐々にその話題になると青ざめるようになり、
最後には「孫・・・」の
言葉を聞いただけで吐くようになった。



212: 名無しさん@おーぷん 2014/08/17(日)09:15:09 ID:tLSCO7RXe

修羅場ってか人生終わった話していい?

213: 名無しさん@おーぷん 2014/08/17(日)09:19:05 ID:tLSCO7RXe

一昨日喫茶店で小説読んでたらいきなりババアに椅子で頭殴られたんだよ
いきなりの出来事に俺は痛みでうずくまったらガンガン背中を椅子で殴りつけられた

422: 名無しさん@HOME 2013/04/26(金) 14:09:51.64 0
数年前の修羅場。
自分ははっきりと正体明かせないけど、ある家に住んでいた。
その家にある日、芸能人の女性が番組の関係で宿泊することとなった。
そしたらそこの家の親父がまぁデレデレというか、その女性から離れない勢いでべったり。
でも周りから見れば優しそうな外見も手伝い、ほのぼのとした風に見られてた。
芸能人の女性はおっとりしててベタベタされてもさして気にしていない様子でニコニコ。
自分が悪く見過ぎかなーと思ってたが、その女性が入っている風呂を、
そこの親父がノリに任せて覗こうとしてた辺りでやっぱりおかしいと思い始める。
挙句女性の寝る場所として指定して来たのが、親父の部屋とフスマ一枚隔てただけの場所。
そもそも寝る時は近くのホテルか何かに移動でもするもんだと思ってたから、
脳内が一気に激しく修羅場と化した。
風呂上がりに軽く親父と酒を酌み交わしながら楽しそうにしてる女性。
でも親父の方は酒の力も手伝ったか、ギラギラした目でパジャマ姿の女性をガン見。
胸が結構大きいねとか初めて彼氏が出来たのはいくつの時かとか、
質問内容もどんどんどぎつくなっていく。見かねたスタッフがそろそろ就寝をと促した。
その時丁度親父がトイレに立ったから、自分は彼女にしか聞こえない声で懸命に
「あの人明らかに何かしようとしてます。今からでも遅くないからホテル探すか何かして下さい」とか
隣の部屋は親父の部屋だとか色々必死に訴えた。
女性はびっくりした顔だったが怯え始めてスタッフと何やら話し始める。
スタッフの方は納得したような顔でうんうん頷いてた。そして自分の方へ来ると、
「彼女が寝る部屋の隣は物置にしてると聞きましたが?」というので必死に否定。
そこの家の母親に許可を取り確認に行くスタッフ。襖開けたらぴったり、
隣の部屋ギリギリまで寄せられた親父の布団…。
で、親父が戻って来るとすぐに「少し体調が優れないようなので」とか言い訳して
彼女を別の部屋へ宿泊させるよう説得。親父は渋ったが、隣の建物の使ってない部屋へと
移動させられて女性スタッフが同室で就寝、更に隣の部屋にも他のスタッフが泊まる形に。
スタッフさんが上手いこと言ってくれたようで自分の密告は親父にバレずに済んだ。

続きます

600: 名無しさん@HOME 2013/09/24(火) 14:46:14.59 0
数年前の終わった話ですので。 
コトメが出産したけど、
予想通り子供に先天的な障害がいくつもあった。 
予想通りと言うのは、23週ぐらいから育たなくなっていて 
医師から先天性の障害の可能性を示されていたから。 

コトメは安静にして栄養を取って点滴をするために、
産むまでずっと入院をしていた。 
障害があるかと言われてコトメは
半狂乱になってふさぎ込んでいた。 
生後一か月ですべての検査の結果が出て、
いくつかの障害が判明してからはもっとひどくなった。
それでも数か月後に保育器から出られて退院できることになったが 
コトメはその退院の日に病院に行かなかった。 

一緒に行くはずだったウトメがコトメ宅に行ったのだが、
鍵がかかったままでいつまでまってもコトメは戻らず。
病院に頭を下げて退院を待って貰って 
コトメの行方を探すも見つからず、
急いで職場から戻って来たコトメ夫が家の中をみたら
コトメの服や貴重品がきれいに無くなっていて、
置手紙と記名済みの離婚届があった。 

「自分の人生にどうしても
障害のある子供のいる情景が想像できません。 
他の土地で一人で暮らします。
離婚して貰っても構いません。子供もいりません。 
両親にも私はいないものと思ってくれと伝えて下さい。」
と書いてあった。 

捜索届を出したりしたけど、
友達達も誰も話を聞いて無く
二人の定期貯金がきれいに下ろされていて
金目のものはすべて持ち出されていた。
換金したのではとみられた。 
コトメ夫は最初は戻って来てほしいと
一生懸命友達や知人に聞いて回ったけど 
貯金をすべて下ろされているのを知った時に、離婚届を出した。 

子供はコトメ夫の実家が引き取ってくれたけど、
ウトメと私達夫婦で出来る事をと頼み込んで
病院での付添や医療費は無料でも
何かとかかる費用を負担させてもらった。
数度の手術をして、可愛く笑うようになったが
不幸なことに亡くなった。 
わずか一歳だった。 

葬儀は身内だけで行われたけど
ウトメと私達夫婦は頼み込んで参列させて貰った。 
それから数年してコトメ夫が再婚して子供に恵まれたと知った。
幸せになって欲しい。 
コトメの行方は本当にわからない。ウトメも隠してない。
トメがたまに泣いて 
「シんでいてくれた方がいい。」と言うようになった。
いつか戻って来る日が来るんだろうか。

212: 本当にあった怖い名無し 2013/01/17(木) 14:38:21.51 ID:FcEruzpy0

友人Aは優秀な大学の法学部を卒業し、アメリカで修士課程を終えてから、一流企業に就職した。 
大学の頃からのガールフレンドのB子とは、結婚を前提に付き合っていた。 

Aが就職して既に6年経ち、本腰を入れて、結婚を考え始めた頃、 
B子が激しい頭痛を訴えるようになり、精密検査を受けた。 

検査の結果は脳腫瘍だった。 


腫瘍はまだ小さかったが、B子は精神的に不安定な状態になりつつあった。

手術迄の1ヶ月間、AはB子を励まし続けた。
そのかいがあってか、B子は明るさを取り戻し始めていた。

手術の前日、Aは、「弱気になったら病気に負けちゃうぞ、いつもの君らしく、強気でいけよ」と
B子を励ました。
意外にもB子は、「大丈夫、心配ないよ。とっちゃえばいいんだから」と明るく答えた。


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