家庭内暴力

341: 名無し@話し合い中 2006/12/19(火) 19:10:50
バカやってしまった。 
この前親がうちに寄った時に 
息子が親に幼稚園の上着を見せたらボタンが 
とれそうになっていたのがあった。 
息子が「お母さん、ボタンとれそう」と言い嫁がつけようとしたら 
母親が「祖母ちゃんはこういうのが上手いからやってあげる」と 
やりたそうにしたから、俺も「祖母ちゃんがプロだからやってもらえ」と言った。 
ところが、息子が「お母さんにやってもらう」と言い張るから 
つい「言うことを聞け」と息子にキツク言って 
母親も「寄越しなさい」と上着を奪い取ろうとしたから息子が泣いてしまった。 

嫁が息子と一緒に部屋に引っ込んでボタンをつけた。 
後で嫁から叱られてしまったよ。 
「ボタン一つで子供を叱ったりするな。悪いことをした時に叱れ」とね。 
嫁の言うとおりだとは思うけど、嫁の親が同じ事をしても 
嫁は同じ言動をするのかとも思ってしまった。



247名無しさん@HOME 2007/03/11(日) 20:58:39
旦那が帰宅する前にご意見いただきたいので上げさせてもらいます。
ご助言、お願いします。かいつまんで書きます。

一昨日、旦那は飲み会なのを言い忘れて午前様帰宅。
私はその間連絡がとれない旦那をずっと心配してました。
11時過ぎに一度旦那の携帯から電話。出ると第一声は女性でした。
何故か女性がとりついで、旦那が「もう一軒行くからまだ帰らないよ~」と一方的に言って切られた。
帰宅後も酔って話にならない状態でしたが心配したことだけ伝え
それに対してふざけた態度ながら「ごめん」と言ったので責めずに就寝。
翌朝、寝ぼけた旦那が飲み会で一緒だった女性の名を呼びながら私に抱きつきました。
昨晩のことと併せて興奮してしまった私は旦那をぼこ殴りにしました。
泣いて責めて、半狂乱になりました。



394: 名無しさん@HOME 2009/10/20(火) 21:35:40
流れを読まずに投下
旦那がしたDQN
ボウリョクがふんだんに盛り込まれていますので、
ご注意ください

うちは結婚2年目でお腹には赤さん光臨中で中距離別居
義実家にはウトメ・コトメが住んでいる
義弟は既に結婚していて、近距離別居、子供も生まれている

 
 

114: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2016/03/12(土) 21:13:18.72 ID:0DLKnJbm.net
暴力あり、注意 


息子が中学くらいから、家庭内暴力が始まった。 
家はボロボロ、それでも気が済まないと私に殴る蹴るをする。 
そのせいで脳出血でタヒに掛けたこともあったし、
骨折させられたこともある。 
一番許せないのが、当時ガンで余命僅かなペットに
暴力を振るったこと。 

で、決心した「こいつは力でやり返さないとわからん!」 
それからリハビリをし、ついでに筋トレを始めた。 
で、ついに来た決戦の日。
息子の攻撃はトロイ馬場キックだったので、
見切れば以外と避けられる。 
まず足を封じ、(これは卑怯だけど)
徹底的に人中攻撃をした。 
そして動けなくなった所を
関節技で折れる寸前まで、息子が泣くまで徹底的にやった。 
鍛えても無いガキには負けねーよ。

20: 本当にあった怖い名無し@\(^o^)/: 2014/09/23(火) 05:17:45.69 ID:VuMMQf2a0.net
宗教に嵌った父親への復讐

私の父親は宗教にどっぷりはまっていた。1にも2にもまず宗教。
私も生まれた頃から入信させられ、お守りみたいなのを持たされてずっと身につけているように言われた。
礼拝堂っていうのか、宗教している人が集まってお祈りしている場所。そこにも頻繁に連れて行かれてた。
小さい頃は理解が及ばず言いなりだったが、5歳くらいになると皆と違うことしている自分が認識できてくる。

何より、神様神様と父親が言う割に、父親が毎日祈りをささげる神棚に神のかの字も見いだせなかった。
6歳あたりから酷く抵抗するようになり、同時に父親の暴カはじまった。抵抗すれば呼吸ができなくなるほど叩きのめされた。
宗教に関すること以外は子どもに感心を持たず、父親と遊びに行ったりだとか、参観日に来てくれたりだとか、運動会に来てくれたりだとか、そういった記憶が一切ない。
医者で急患があると家にすら帰れない母親の代わりに食事を用意してもらった記憶もなかった。
3日ほど帰ってこなかった母親の代わりに父親がしてくれたことは、「女なんだから家事やっとけよ」という言葉を投げつけただけだった。
父親は外面が良く、人様のためならなんでもする人だった。それが宗教の教えだから。
だから母親が家に居なくても、小1の私を置いてボランティア活動に日々精を出しては人々に感謝されていた。
ご近所から、「あなたのお父さんって素晴らしい人ね」と言われるのが苦痛だった。だから家出した。歩いて1時間くらいの母方の実家に一人で行って、ずっとじいちゃんばあちゃんに甘えてたと思う。
そのままじいちゃんばあちゃんの家に転がり込んで2年がたち、私は小3になった。
その頃になると、母親がこのままではダメだと思って、仕事を辞めてきた。すぐやめろっていう人もいるかもしれないが、当時は若い医者一人抜けることはそう簡単じゃなかったらしい。
そしたら父親、母親に対して「俺は平凡な平社員だ。お前が働いたほうが金になる。そこでどうだ、俺が仕事をやめて神様につかえて徳を積む。家族の分も積んでやる、皆幸せになれるぞ」と宣った。
母親ブチ切れて離婚届をつきだしたそうだ。それからは表向きそんな世迷い事は言わなくなった。
母親が家にいるようになってからは普通の小学生と同じように育ったと思う。土日に礼拝堂に連れて行かれることもなかった。


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