むかつく近親

754: 名無しさん@HOME 2010/02/07(日) 17:35:41 0
うちは結婚12年目だけど子供がいない
旦那も私も揃って不妊症
治療したけど片方が健康ならともかく、私達では無理だったので諦めた

逆にコトメは3人の子持ちでそれが自慢
今までは中距離別居だったので付き合いはそれなりだったけど、
最近近所に越してきてチクチクと石女イビリをしてくれる
今までは程ほどの距離を保ってきたトメもコトメに感化されて、
昔は3年経ったら自分で身を引いてたのに・・・と聞こえよがしの陰口を聞くようになった

不愉快なので旦那も私も避けて付き合わないようにしていたけど、
昨日どうしても会わないといけない用があったので義実家へ行った
するとコトメが来ていて、またちくちく厭味を言い出した
無視していると「あっwまたシカト作戦www性格悪いよねーw」
「嫁子知ってる?不妊症って性格歪んだ人がなるんだよw性格悪いから赤ちゃんが来てくれないんだよねーw」
「生まれる前の赤ちゃんには分かるんだよw根性悪い女から生まれたら虐待されちゃうもんねw」

そこへコトメ長女と次女が割って入ってくれた
「そんな訳無いじゃん。なにその迷信。母さん頭悪いの?」
「虐待やる人ほどポンポン産んでるけどあれ何なの?本当ならあんなの無いよね」
「性格で子供が親選んで生まれてこれるなら、私は母さんから生まれてないよw」
「私も母さん選ばないなw選択権あるなら絶対伯母ちゃんの子になってるよ」
「だいたい性格の良さで子供生めるなら聖母マリアって100人くらい生めるはずじゃんw」
二人でコトメとトメに言い返すと、私の手をつかんで
「あの人たちと喋ると性格悪いのうつるから向うへ行こう」と連れ出してくれた

姪の前だけど涙が出た
親に悪口言わせてしまった形だけど、物凄く嬉しかったよ



197: 名無しさん@HOME 2010/01/13(水) 18:46:05 0
夜に、上の子の急な発熱で、下の子(もうすぐ1歳)を夫に預けて夜間救急へ行った。
という話をしたら、
「まあ!赤ちゃんから離れるなんて・・!」
「母親の一番の仕事でしょうに!」
「頑張ったわね、○(ダンナ)。大変だったでしょう」
などと言われた。

「それ、×(私)が二人とも連れていったら
“夜中に赤ちゃんを連れまわすなんて!
具合が悪くないのに病院に連れて行くなんて!”
って言うんだろ?」

とダンナの冷ややかな返事。

それでも
「そもそも子供を病気にするなんて母親の責任~」とか始まった。
だがそれもダンナに
「じゃあ5年のときのアレは、お袋俺になんかしたの?」で一蹴。
(ダンナは小5のとき、肺炎で長期入院し留年しかけたことがあるそうだ)

わが子が親になったらどんどん自分に冷たくなるってどんな気持ちだろうね。
トメさんよ、今までの自分の育児の集大成だよ。
成績や結果でしか子供に価値を見出さなかったり、自分の気分で子供の前で
平気でヒステリー起こして八つ当たりして暴言吐いたり手をあげたり。
ダンナはそれがいかにおかしいことかやっと理解し、あなたに絶望してるんだよ。


117: 名無しさん@HOME 2009/06/30(火) 15:06:04 0
エネスレで名づけ話が出ていたので、思い出話をひとつ。
(夫がエネじゃないのであっちには書けない)

いっつも、都合のいいときだけ「娘(家族)」、それ以外のときは「嫁(他人)」と
人を利用することしか考えてないウトメなので、ずっと疎遠にしてきた。
夫も了解済み。
こっちから「オマイラとなんか好き好んで関わらねーよ」としてるだけなんだけど、
なぜかウトメは「我々の事を恐れて小さくなっている嫁子pgr自分たちの勝ち!」
と思っているフシがあった。めんどくさいから放置してたけど。
なのでたまに接触をもつときにはやたらふんぞり返っている。

ある日、ちょっと大きい法事があったので仕方ないなと行ってきた。
当時私は下の子を妊娠中。
長男は夫の字をひとつ取った名前にしてある。
なので、お腹の子は女の子と分かったので、今度は私の字をひとつ・・ということで
私も夫も大体名前をもう決めていた。

それを聞いたウトメ、
「やめなさい!縁起でもない!!」「嫁の字を継ぐなんてご先祖様に申し訳ないことを!」
と吐き捨てた。
親戚も大勢いたってのに(皆さんあからさまに引いてた)、酔っ払って気が大きくなったようで、
そんな暴言のあともえらそうにふんぞり返っている。



91: 名無しの心子知らず 2010/10/31(日) 13:30:48 ID:DFZMFk50
娘視点ですが、私の父が死んだ際、祖母が財産を根こそぎ持って行った話をちょいと。
板が違わないかは心もち心配。

父は祖母から精神的な虐待を受けており、壮年になり鬱に。
職場が祖母と同じであった為、逃げ場ナシ。母が必死に転職やら独立やらを進めていたけど、
鬱の父にはもう判断力が無い。そして今思うと、自分の母親から逃げるって選択肢が彼にはなかった。
結論から言うと、自宅で自決しました。

その後がまた。
その祖母、何を思ったか、我が家のご近所さんに電話しまくり、母が父を殺したと吹聴。
吹聴しながら我が家のパソコン、車などをかっぱらって行った。
「仕事で使ってんだから会社のものなのよ!」だそうだけど、父のお金で買ったものは父のものなんじゃないだろうか。
葬式中にも、上等な花をくすねて帰った。

その後、書類の整理などに追われていたら、母の顔が、なんかもう笑い。脱力の笑いだった。
聞くと、父名義の不動産がコトメの名義になっていたという。
父のハンコか何かがないと名義が移せないもので、当時子供にお金がかかった父が譲る筈がない、
おまけに一社から保険金が支払われなかった。


269: 1/4 2009/10/20(火) 14:42:56 0
家の母がした事何だけど、今にして思えば…と言う話。
最初に言っておくけど、家の母檻の付いた病院から一生出られない人ね。

実家は田舎で、両親は結婚してすぐ祖父母と叔母と同居。
こいつらはホント性悪で、父は母や私たちがいびり倒されてるのにも我関せずだった。
叔母は結婚して家を出た物の、
実家に入り浸りで、母と私たちをまるで召使いのように扱い、
気に食わなければ祖父母たちと一緒になって悪口三昧。

家は3人兄妹なんだけど、実は一番下にもう一人妹が居た。
その妹は母が目を離した隙に家を抜け出し、用水路に落ちて亡くなったと聞いていたんだけど
事あるごとにその事を責めていた。

そして叔母に息子が生まれると、母はまるで王子様のようにお仕えし、
欲しい物は何でも与え、我儘はすべて聞いてやり、
祖父母や叔母達も当然の様な顔で母に育児を押し付け、
温泉だ海外だと遊びまわってた。
叔母の夫に対してもそう。ギャンブル好きであればあるだけ使ってしまうと分かってるのに
家の物を売ったりして金を工面した。

私たちには厳しく、家の手伝いも習い事も勉強もさせるが、
従兄弟には何もさせないで、お菓子やお小遣いをあげまくり、
お友達とケンカしたと聞けば「従兄弟ちゃんは何も悪くないわよ、お友達がおかしいのよ」と言い、
夏休みの宿題も「従兄弟ちゃんはこんな事しなくていいのよ」と、母がやってあげていた。
叔母にも子供や人付き合いについて愚痴られても
「あなたが全面的に正しいわ。悪いのは相手、学校よ」と言い、
叔母は今で言う立派なモンペに。



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