むかつく近親


294:名無しさん@HOME2007/12/20(木) 16:13:21 0
相談させてください。

現在、両親、祖母、弟、弟の甥(3歳)・姪(1歳)と実家で暮らしています。

弟は離婚していません(その意思はある)。
義妹は姪が産まれた後(1年ほど前)、実家を出ました。
出た後に母に告げた理由は、
義妹自身の借金を返済する為だそうです。

結婚時に両親は、今後の育児等の為に弟夫婦へ(義妹の管理の元)100万を渡していましたが、全てを使い果たしたタイミングの家出でした。

義妹には二度と帰ってきてほしくはないので、別に離婚したなら関係を持つつもりはありません。(子供を置いて、自分勝手に出て行ったことは一生許すつもりはありませんが…)

相談したいのは、弟の態度・行動に関してです。
親である責任も感じず、育児をせず、養育費もかけず自由勝手に遊びまわっていることです。
弟もその嫁もDQNです…。

イベントごと(保育所などでの)やたまに子供たちと遊んだり入浴したり程度の育児。
実質、甥と姪の面倒をみているのは、両親と姉の私と祖母と離れて暮らす兄です。
家族みんな子供のことは大好きで、楽しく一緒に暮らしています。

ただ、みな働きに出ていること、父が現在闘病中で入退院の繰り返し生活をしていることで、精神面的にもキツイ状況です。




200: 名無しさん@HOME 2016/06/16(木) 11:00:30.34 0
「育児にかこつけて見た目に気をつかわなくなったら終わり」
をしつこく言う私の実家と従姉妹 
化粧も服もそれなりには気をつかってるんだがまだ足りないらしい 

従姉妹は30代シンママで実家暮らし、
子どもに新しい父親を作るべく常に恋愛している 
そりゃ美意識高くなるでしょうよ

こっちは両家遠距離、夫はほぼ無休で乳幼児育ててるんだから
少し放っておいてほしい…



518: 名無しさん@HOME 2015/01/02(金) 02:20:52.01 0
いつもは三泊する義実家泊りが旦那が義弟と義弟嫁と口論して腹を立てて 
義弟の味方をする義母にも腹を立てて、泊まらずに帰って来ました。 
元旦の昼間って道空いているんですね。すいすい帰って来れて 
幼い子供も妊娠中の私も楽でした。 

喧嘩の原因は七五三の着物です。我が家の子は現在二歳で早生まれ。 
去年七五三の年だったけど、三月末生まれなのと私が妊娠してつわりが最高に 
ひどかった(入院しました。)ことで、私の実家で早々と被布を購入し 
お宮参りの着物を仕立て直してくれたけど、三才での七五三に変更しました。 
義実家も七五三に合わせて来ると行っていたので、延期にしたことは 
旦那から義実家に知らせました。その時に衣装はどうしたとか聞かれて 
私実家で誂えてもらったと話したそうだ。 

そしたら義弟嫁からすぐ電話があった。着物一式を全部貸せって。 
バックと草履髪飾りもあるならそれも。まだ買って無かったら買って貸せだと。 
なぜ私の実家で誂えたもの、しかもうちの娘もまだ着てない新品を先に 
義弟嫁子に着せないといけないのかと断りました。 
義弟嫁はあきらめずにしつこく連絡して来ましたが、電話に出なくてもいいと 
旦那が言うので着拒しました。 

そして年末義実家に帰省したら、普段は遠いからめったに帰省して来ない義弟一家がすでにいた。 
そして元旦朝からお酒が入ったら、義弟と義弟嫁に絡まれた。 
家は旦那も下戸で私が妊婦だから二人とも素面。従姉妹なのにどうして差別するんだ。 
お前ん所の子は大事にされて着物が着れるのに、うちの子はだれも着物を仕立ててくれないから 
七五三はスタジオ○リスで写真を撮っただけになった。 
どうして貸してくれなかったと絡まれた。 

旦那が新品を先に貸すなんて私実家に申し訳なくてできないとちゃんと説明をするのに 
二人でだったらそれを寄越せとか言い出した。そしてもう一回買ってもらえばいいとまで言う。 
義母は最初は「それはちょっと無理じゃない。」とか言っていたくせに最後には 
「兄ちゃんなんだから弟に援助してやればいい。」とか言い出して、旦那が切れて 
「いい加減にしろ!自分達がどれだけ非常識か考えろ。」と言って荷物もって帰って来ちゃった。


31: 名無しさん@おーぷん 2016/11/23(水)09:41:14 ID:My6
今日の祭日孫を連れて息子夫婦が遊びに来るって昨日の夜連絡があったので、
体調が悪いので来ないでほしいと言ったらもう二度と来ないと言われた。


840:名無しさん@おーぷん2016/08/26(金)23:51:32 ID:GMm
俺が高校2年生の秋、父親が出張先で突然タヒした。
その知らせを聞いた入院中の母も後を追うようにタヒ去。
母の長きにわたる闘病生活と下二人の弟の学費などで財産と呼べるものはほとんどなく。
結果として自分は働くことを決めた。

引き取り手になった祖父母は気にせず大学へ行くことを勧めてくれたが
定年が近い祖父の稼ぎと年金だけでは当時小学2年生だった下の弟の大学費用まで
捻出するのは厳しいだろうと説得した。
その代わり高校だけはちゃんと卒業することを約束した。
恩師の伝手で地元を離れるが割の良い仕事に就き、給料の大半を祖父母に送金する生活が10年続いた。
3歳年下の弟は「やりたいことがある」と他県の私立大学に行き、院にも進んでいた。
下の弟は地元の国立大に進んだ。



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